代わりに俺は息を吐くと、
「そう、心配すんなって。
俺はオオカミ美波よりも、ウサギリコちゃんがタイプだから」
と、言った。
「オオカミ美波、プッ」
手で口を押さえると、弥生は笑いをこらえていた。
と言うか、それを言ったのは弥生だべ?
美波さんを“オオカミ”だって言ったのは、あんただろ。
「ウサギリコちゃん…確かにリコちゃんは小動物っぽいよね」
笑うならちゃんと笑えよ。
そうやって我慢されるの、すげー苦手なんだけど。
「じゃあさ、ウチのお父さんを動物に例えたら?」
弥生が聞いてきた。
おいおい、ムチャぶりはねーべよ。
そんなことを思ったわりには、俺はちゃんと考えていた。
俺って結構優しい人間だよな。
「…猿とか?」
「猿!」
我慢できなくなったのか、弥生が大声を出して笑った。
何でなのかよくわからないが、相当なまでにツボにハマったようだ。
と言うか、姉貴風を吹かしているわりには笑い上戸なんだな。
そう思いながら、俺はヒーヒーと大笑いをしている弥生を見つめた。
その様子を見ながら、俺は自分の初恋を振り返った。
何でここでと思ったが、何となく俺は初恋の思い出を振り返った。
俺の初恋は…あまりにも昔過ぎて、よく覚えていない。
小学校の頃だった気もするし、幼稚園の頃だった気もする。
曖昧過ぎて、よくわからない。
好きになった女の子がいて、その子がどう言うタイプの女の子だったのか…。
夜も寝られないくらいに彼女を思って、少女マンガのヒロインみたいに星に願ったり、電信柱に顔面をぶつけたり…。
こうして振り返ってみると、笑い話のネタにしかならない。
と言うか、俺の方がめっちゃクレイジーじゃねーか?
幼い頃の小さな恋だって言うのに、俺も若かったよな。
うんうんと首を縦に振ってうなずいている俺に、
「嵐?」
弥生が俺の名前を呼んだ。
心配そうに顔を覗き込んできた弥生に、
「ドワッ!」
俺は驚いた。
ゴンッ!
ピョンと後ろに跳ねたのと同時に、後頭部に衝撃を感じた。
後ろに電信柱があったらしい…。
「…だ、大丈夫?」
腫れ物に触るような言い方で、弥生が聞いてきた。
これを見て“大丈夫?”なんて聞くなよ…。
「嵐、もう帰ろう?
早く帰って、頭を冷やそう?」
「おっ、おお…」
自分の声が痛む頭に響いた。
本当に痛いのは頭じゃなくて、頭蓋骨だったりしてな。
そんなジョーダンを心の中で言いながら、俺は弥生と一緒に家に帰った。
「婚活!?」
弥生の大声で、この場にいた全員が飛びあがった。
テーブル席に座って1人で寂しく飲んでいた中年サラリーマンは思いっきりビールを吹き出した。
仕方なく、俺は彼におしぼりを渡しに行った。
そのとたん、
「すみませーん、冷ややっこを1丁!」
「空豆1つ、ゆで過ぎないで!」
「からあげと厚揚げ豆腐くださーい!」
「えだまめー!」
あちこちのテーブルから注文が殺到した。
聖徳太子じゃねーよ!
ハリセンボンの春菜風に心の中でツッコミを入れると、俺はあちこちから殺到した注文を受けた。
冷ややっこ、空豆、枝豆、からあげ、厚揚げ豆腐…と。
「生ビール2つ!」
覚えれるかーっ!
と言うか、勝手に注文を増やすな!
何とか頭の中に注文を全てたたき込むと、俺は親父のいる厨房へと足を向かわせた。
「親父、生ビール2つとからあげと厚揚げ豆腐と枝豆、冷ややっこ1丁と空豆ゆで過ぎないで」
「よくそんな大量の注文を覚えられたな」
手際よく手を動かしながら、親父は返事をした。
覚えられなかったと言う理由でハプニングを起こされても仕方がないでしょ。
そんなことを思いながら、俺はカウンターへと戻った。
「そうよ、婚活よ!
コ・ン・カ・ツ!」
ベシベシとテーブルをたたきながら熱弁しているのは、美波さんだった。
美波さん、ものすごい飲んでるな。
それ以前に、そんなにもたたいたらテーブルがぶっ壊れるんですが…。
そんなことを言っても今の彼女には馬耳東風、右から左へ受け流されるのがオチである。
と言うか…“婚活”って、とんかつの親戚ですか?
美味しいものなんですか?
「“結婚活動”の略よ、嵐」
俺の心の中を読んだのか、弥生が言った。
「ふーん」
なるほど、結婚活躍の略か。
合コン的なものなのかな?
と言うか、
「まだそんな年齢じゃねーよな?」
俺は2人に向かって言った。
弥生も美波さんも、まだ23じゃん。
すげー若い盛りだと思うんだけどな…。
そう思っていたら、ギロリと鋭い瞳で美波さんににらまれた。
わっ、肉食獣…!
おそらく俺は、肉食獣に狙われた草食動物みたいな顔をしていたことだろう。
と言うか、俺は何かしました?
「わかってないな、これだから最近の男は草食系とか何とかってたたかれるのよ」
手で額を押さえ、美波さんは呆れたように嘆いた。
いやいや、あなたが肉食過ぎるのも問題だと思いますが。
つーか、草食は言い過ぎじゃね?
「女が華やかな時は今なの!
今しかないのよ、嵐くん!」
“華やか”と“今”を強調しながら美波さんが熱弁する。
やれやれ、酔っぱらいがめんどくさいと言う理由が改めてよくわかったわ。
と言うか、誰かこの人をつまみ出してください。
動物園に売ってください、ライオンの檻にぶち込んでやってください。
えっ、それじゃあ死ぬ?
いや、大丈夫でしょ。
何てったって美波さんですからね、逆にライオンが死んでしまいますよ。
…って、何気におっさんと化してねーか?
そもそも、俺は誰と話してたんだ?
20歳になったばかりなのに独り言が多いって、ちょっとヤバくねーか?