「ついた」

わずかな荷物を片手に、俺は電車を降りた。

「デカい街だなー」

さすがは都会だ。

あちこちに建てられている高層ビルは、田舎育ちの俺には刺激が強過ぎる光景だ。

「とりあえず、間違いない」

俺がこの街にきた理由――それは、ある人物を探すためである。

この街に住んでいるのが、何よりの証拠だ。

「絶対に見つけてやるからな」

俺は口の中でそう呟くと、深くかぶっていた黒のキャップをあげた。

それまで狭かった視界が広くなった。

シャツの下にあるそれを、シャツの上からグッと手でつかんだ。

「待ってろよ、親父…」
『野ばら商店街』だなんて、何ともしゃれたネーミングだ。

そこら辺に花が咲いてるのかと思いながら辺りを見回すも、それらしきものはいっさい見当たらない。

変わりにいるのは、たくさんの人ばかりである。

右を見ても左を見ても、人人人…。

「すげーもんだ」

日曜日と言うことも手伝ってか、店は安売りの大売り出しである。

その店に集まる人の数は、すげーとしか言いようがない。

「おっと」

本来の目的を忘れるところだった。

そもそも、俺がここへきたのは夕飯のおかずを買いにきた訳じゃない。

何て思いながら、商店街を探索した…けれども、店ばっかりが並んでいるだけで俺が探しているヤツはいなかった。
「おかしいな、場所的にはこの辺だろ?」

そんなことをぼやきながら左右を見回すも、目当ての場所はない。

「この街の『野ばら商店街』――住所は間違ってねーと思うんだけど」

ため息混じりにぼやきながら、俺は探索し続けた。

いい加減、足も限界である。

仕方ねーけど、誰かに道を聞くとするか。

「すみません」

俺の横を通り過ぎようとした、黒髪ボブの女の子に声をかけた。

「はい?」

顔を見た瞬間、俺の心臓がドキッ…と鳴った。

ヤベ、マジでかわいいんだけど…。
痕1つない、すべすべで瑞々しい白い肌。

二重の大きな目に、長いまつげがキレイだった。

小ぶりな鼻に、誘惑全開のピンクの唇がかわいらしい。

全てに欲情しかけている俺は、変態なのだろうか?

こいつ、絶対にかわいいの部類に入るな。

うん、きっとそうだ。

そんなことを1人で首を縦に振ってうなずいた俺に、
「何の用ですか?」

彼女が聞いてきた。

あっ、そうだった。

用があるから呼んだんだった。

半分目的を忘れかけていた自分に反省した。

つーか、女を探しにきた訳じゃない。

背は俺の頭1個分低い。

あら、足元を見たらヒールつきの靴を履いてる。
そんなどうでもいいことを思いながら、
「この辺に『居酒屋ますだ』があると思うんだけど、知ってるかな?」

俺の質問を聞いた彼女は、驚いたと言うように大きな目をさらに大きく見開いた。

えっ、何で驚いたの?

すると彼女が、
「それ、あたしの家です」
と、言った。

えっ、アタシノイエ?

俺の聞き間違いじゃなければ、彼女はそう言った。

「家って、『居酒屋ますだ』が君の家なの?」

確認のために聞いたら、
「ええ、そうですけど…?」

彼女は返事をした。

やっぱり、俺の聞き間違いじゃなかった。

確かに、彼女はそう言った。
思わぬ展開に驚きながらも、
「そこに、増田寛(マスダヒロシ)さんって言う人は働いてない?」

彼女はまた驚いたと言うように目を見開いた。

そりゃ、もう今にも目玉が落ちそうなくらいにデッカくである。

「…あたしの父ですけど」

言いにくそうに、彼女が言った。

えっ、チチ!?

胸のことですか!?

いや、今はそんなことはどうでもいい。

つーか、お父さんってことだよな!?

俺が探しているヤツが、この子のお父上様かよ!?

何たる運命だ…。