部屋に着くとずっと文句を言う涼風くんの言葉を無視してゆっくりと鍵を開けた。
電気はつけっぱなしだったから明るい。
部屋に入るとドキドキしすぎてうまく進めない。
密室に2人っきりなんだもん。
ドラマの世界なんだもん。
「てめ、いつまでシカトしてんだよ。」
そう言いながらわたしのアゴをクイッと上げた。
見えるのは怒った涼風くんの顔。
とても愛しい、綺麗な顔。
「そ、壮陛…。」
そう言ってわたしは目を閉じた。
もう顔が赤くなってるのくらい自分でわかってる。
初めて好きな人を名前で呼んだ。
その瞬間、唇がわたしの唇にぶつかってきた。
手はアゴから後頭部に変わってる。
この前のような、軽いキスじゃない。
パパやママがするようなキスじゃない。
すごく長くてそして舌が…。
どのくらい目を閉じてたんだろう。
されるがまま、わたしは目を閉じて身を委ねてた。
絡まってくる舌、鼻に香る涼風くんの香水。
しばらくして唇は離れた。
「はぁ…コレか。修二の約束っての。」
そう言いながらわたしをギュッと抱きしめてきた。
わたしは腕を胸の前に曲げたまま抱きしめられてて…。
「やられた。あのヤロー。」
そんな乱暴な言葉を言いながらも優しく抱きしめててくれた。
「菜穂、これからはまじで俺のこと頼れよ。何の為に付き合ってんのかわかんねーだろうが。」
それにわたしは大きく頷いた。
「よし、じゃあ償え。」
そう言って涼風くんはわたしを離した。
そしてわたしの顔を見てすぐプッと笑った。
「お前、顔すっげー赤ぇ。まじウケる。」
そう言われて恥ずかしくて両手でバッと顔を隠した。
わかってたけどそんな言われたらまた赤くなっちゃうんだもん。
でもその手はすぐ離されてまた顔が近くに寄ってきた。
「菜穂からキスして。」
わたしが背伸びしたら届くくらいの距離まで顔が迫ってきた。
首を振ってもその首を収めてくれない…。
「首がいてーだろーが、ボケ。早くしろ。」
そう言ってまた顔を近づけてくる。
背伸びして…軽く目を閉じて…初めてわたしから人にキスをした。
ううん、キスしたかった。
それからはずっと座って話したり、たまに壮陛がキスしてきたり。
そう、今からわたしは壮陛って呼ぶことになった。
キスを何度もされるたび、わたしは不安になった。
慣れたキス。
そしてする相手はすっごい恋愛初心者。
嫌になったり・・しないよね??
そばに居てくれるよね、これからも。
でもキスされたくないなんて微塵たりとも思わなかった。
キスしたら壮陛を感じる。
しばらくすると携帯が鳴って2人が帰ってきた。
それと入れ替わりに壮陛は部屋に戻った。
またあの…舌を入れるキスをして。
帰ってきた2人に何があったか聞かれたけど断固として言わなかった。
でも顔の表情で大体バレたみたいだけど…。
誤解されては…ないよね??
こんなんでオリエンテーションは終わった。
このオリエンテーション、わたしたちの距離を近づけてくれたって信じてる。
「明日からの夏休み、あまりハメをはずさないように。」
お決まりのセリフを言う担任。
でもみんな思いっきり遊ぶに決まってる。
そう、今日は終業式で今、1学期最後のHRが終わった。
あのオリエンテーションの日以来、わたしたちの距離は確実に縮まった。
キスだって毎日屋上でするようになったし、壮陛ってスムーズに呼べるようになった。
嫌がらせのメールだって入ってこないし、嫌がらせだってされてないし、まじで毎日が楽しい。
「菜穂ち~ん、夏休みは絶対週2は集合だからね~!!」
帰りに涼子ちゃんが言ってた。
鈴ちゃんは何も言わなかったけどきっと来るに決まってる。
涼子ちゃんといえば、フジくんとは何もないまま時が過ぎてる。
壮陛に協力お願いしても”めんどくせぇ”なんだもん…。
今日もちゃんとお願いしなきゃっ!!
そして今日こそ聞くんだ。
あのこと。
最近は毎日一緒に帰ることにしてる。
しかも手も繋いで。
「壮陛?」
「なに?」
「夏休み、何するの??」
ずっと不安だった。
いつもは学校で一緒にいて、帰りも一緒に帰って1日の半分以上を一緒に過ごしてるけど、休日の日はデートしたことないし、休日はなにしてるのか。
疑ってるわけじゃない。
でも、わたしはやっぱり恋愛経験値がなさすぎて想像がつかない。
涼子ちゃんは”信じてあげな。”って言ってたけど好きすぎるから不安なの。
「夏休み?寝て、起きて、飯食って、寝る。」
やる気のない言い方。
「それだけ??遊び行ったりは???」
「そりゃ行くけど…。なんなんだよ、お前。」
意味がわからないといった顔をしてる壮陛。
気付いてよ。
わたしも夏休みに会いたいんだって。
「ううん、聞いてみただけ。」
「変な奴。」
そう言うと会話が止まった。
夏休みに会いたいの一言が言えないわたし。
壮陛への愛が足りないからじゃない。
断られるのがこわいの。
「壮陛はいつも何して遊んでるの???」
誰と遊んでるのって本当は聞きたかった。
女の子、いるの?って。
「別に。酒飲んだり、カラオケしたり、そのへん。」
「そうなんだぁ。大人の世界だね…。」
酒って…。
わたしには想像もつかないよ。
また距離を感じてしまった。
そんなわたしに
「はぁ??」
いつも言うその”はぁ??”って言葉に今回は反応が出来なかった。
いつも家で家族で過ごしてるわたしとはすごい違いだったから。
あっという間に家の近くに到着していつものように壮陛は帰っていこうとする。
今日くらいまだ早いしもう少し一緒にいたいのに。
わたしは門限が7時。
パパが6時半には帰るからチェックが厳しくって。
でも今日は午前中だけだったからまだ1時前。
まだ一緒にいたいのに…。
「お前、夏休み何してんの??」
いつも別れる場所で立ち止まって壮陛は口を開いた。
「え、わたし?涼子ちゃんたちと…あ…」
涼子ちゃんの協力お願いするの忘れてた。
「なんだよ、あ…って。」
「ねぇ、壮陛。夏休みにね、壮陛とフジくんと涼子ちゃんと4人とかで…遊べない??」
「またそれ系の話かよ。めんどくせぇし、やだ。」
いつものようにプイッと拒否られた。
「お願いだよ~…。壮陛にも夏休み会いたいもん、わたし。」
ついに言ってしまった。
一緒に遊びたいとは涼子ちゃんには別に言われてなくて、ただ本当はわたしが遊びたかったの。
そういうと壮陛はハァ。とため息をついてわたしを片手でギュッと抱きしめてきた。
「会わないわけねーだろ、バカ。」
心臓が止まるかと思った。
抱きしめられながらこんな嬉しい言葉言われてしまって…。
「ぞうべい~…グスッ。」
あまりにホッとして泣き出してしまうわたしを見て抱きしめてる手を離して壮陛は驚いた顔をした。
「ゲッ、なんで泣いてんだよ。バカか。」
そう言いながら頭をなでてくれた。
それからわたしたちは近くの公園に入ってベンチに座った。
そこで決心したことは壮陛の過去を聞くこと。
ヘコむかもしれない。
ううん、絶対ヘコむ。
でも聞きたい。
知りたい、壮陛のことがもっと。
「なぁ、お前夏休みずっと俺と会わない気でいたわけ??」
座ってしばらくして口を開いたのは壮陛の方だった。
「そんなわけなじゃん。でも会ってくれるのか不安だった。」
そう言うと軽く壮陛はため息をついた。
そしてわたしにいきなりキスをしてきた。
「バカな女。」
そう言って笑った。
口は悪いけどその笑顔が見れればいいの。
一緒にいれたらいいの。
さりげない優しさがいいの。
「壮陛?」
「あ?」
わたしはここで思いきって聞いてみた。
勢いだ、もう。
「壮陛って…今まで何人と付き合ってきたの??」
答えが返って来る数秒の間が死ぬほど不安だった。
「今まで…なんでそんなこと言わなきゃいけねーんだよ。」
また不機嫌になった。
言いたくないって言う風に。
「知りたいから、壮陛のこと…。わたし壮陛のこと殆ど知らないから。」
下を向いてゆっくり話した。
するとまたため息を壮陛はついた。
ため息ばっかりわたしつかせてる。
「知らなくていいことだってあるんだよ。過去なんて知ってどうすんだ。別に関係ないだろ。」
そりゃそうかもしれないけど気になるよ。
「壮陛は女心がわかってないよ…。」
心で思ったことを口に出してしまった。
「まじうぜぇ。」
そう言うと壮陛は立ち上がった。
「女心なんてわかるわけないだろーが。めんどくせぇこと言ってんな。」
わたしを上から睨みつけてそのまま後ろを向いて公園を出て行ってしまった。
「壮陛!!」
その言葉にも振り向くこともせずに。
女心だなんてでかい口、叩くんじゃなかった。
恋愛初心者のくせに、一人前のこと言うんじゃなかった。
家に帰って死ぬ程後悔した。
でも壮陛に電話しても繋がらないし、メールしてもわたしの携帯が鳴ることはなかった。
広いこの自分の部屋がわたしの心の空間のような気がした。
ケンカするってこんなに心に穴があくんだって実感した。
壮陛、許してくれるかな??
また、会ってくれるかな??
もうこのまま終わりなのかな…??
そう思うと頬を涙が濡らした。
止まることもなく、枕に顔を埋めてしばらく泣いた。
会いたい。
話したい。
ずっとそう思いながら。