「菜穂、俺ほんま菜穂のこと…」
わたしが横のときに廉が口を開いた。
小さく、そして低い声で。
涼風くんも立ち止まった。
そして振り返って廉に向けて口を動かした。
「好きでいるのは勝手だけどこいつ、俺のことしか見てねぇから。」
そう言ってまた歩き始めた。
わたしは何も言えず、ただ手を引かれて屋上へ向かった。
先に窓を乗り越え、その後に涼風くんが。
窓を乗り越えるんだから当然パンツが見えそうなわけで…。
反対を向いてもらってた。
屋上に入ると今日も天気がよくて一面青空。
でも廉のあんなことがあったからか、心は曇ってて…。
人を傷つけるって心痛くなるね。
顔に出てたのか、涼風くんが覗き込んできた。
「何お前、アイツのこと考えてんの??」
いきなり涼風くんの顔がドアップで目の前に来たから驚いて大声で”そんなことないよ!!”って言いながら後ずさりまでした。
それにムッとした顔をすぐに見せてきた。
そして涼風くんは手を伸ばしてわたしを引き戻した。
ギュッと抱きしめながら。
「ふざけんなよ。」
耳元で小さくそう言うと黙り込んでしまった。
わたしはというと心臓が口から出るってくらいテンパってて、頭の中真っ白。
ドキドキは絶対聞こえてたと思う。
力はすごく強くてわたしは頭も真っ白ってのもあって口が全く動かない。
「菜穂、俺すぐ妬くから。」
そう言うと力を弱めてくれた。
目の前にはまた涼風くんの顔。
どんどん近くなって…くる?
その瞬間、わたしの唇に触れた。
涼風くんの唇が。
願いがかなったけど…頭の中沸騰してました。
キャーキャーうるさい声をあげながら毎日近くに来る女たち。
まじうざったい。
そしてその様子を冷めた目で見つめる菜穂。
それには心が痛い。
話したいし、遊びたい。
菜穂と。
でもあいつがもし、面倒なことに巻き込まれたりとか思うと自分が許せなくなる。
だからメールだって送るなって言った。
メール1つで気持ちは浮き沈みするもの。
嬉しくなって次は話したいってなって次は教室でも話したいってなって次はどこかに行こうってなる。
もちろん出かけたりしたい。
でも、それを見られたら菜穂が危ないんだ。
いつも守ってやりたいけど、それが出来るわけがないから。
いつの間にかすっげー菜穂のこと好きになってる自分がうぜぇな。
隣の席にずっと座っててほしいて思うし、ずっと姿も見てたい。
かっこ悪ぃな、まじで。
あんなに遊んでた女らとも一切連絡を取るのやめた。
近づいてくる奴を追っ払うようにもなった。
変わりすぎた俺に周りも自分でさえもビックリ。
恋愛ってすげぇって…思いたくないけど思ってしまった。
今日、菜穂に放課後のことを聞かれた。
遊びに行きたかった??
でも他の奴に見られたらお前が危ないんだよ。
嘘ついて突き放した。
メールだって送ってくれてるけど返してない。
返事したら多分、菜穂のことばっか考えてしまいそうだから。
まじでうぜぇ。
自分が。
女にこんなにのめり込むことが恥ずかしくてしょうがない。
でもやっぱりメールしたくなった。
昨日の返事を返せばいいんだけど、誕生日も知らなかったしこのことについて聞いてみた。
何の用事でもいいからやっぱり連絡を取りたかった。
菜穂と繋がっていたかった。
次の日。
あの男が来た。
最近見なかったけどやっぱいたんだ。
それよりコイツ、菜穂に後ろから抱きつきやがった。
殴りかかろうかと思うくらい心の中はモヤモヤしてた。
でもあまりに目立つし、寝たふりをして必死に我慢した。
手を握り締めすぎて短い爪が掌に食い込んでるのがわかった。
それにしても菜穂、普通に話しすぎ。
俺、彼氏で間違いないんだよな??
それすら疑いたくなるくらい。
”変わった”だ”用事ある”だ。
シカトすればいいのに。
相手にするから付け上がるってわかってねーのか??
いや、違う。
俺は相手にしてほしくないんだ。
そしてこの男の軽い誘いを断ち切りたかった。
「うるせぇ。」
って口走った。
話題を変えさせるように。
たった10分の休み時間なのに1時間以上に感じた。
そして握り締めてた掌に軽く汗をかいていたのがわかった。
多分相当睨んだと思う。
菜穂にじゃない。
そこにいる男に。
変わったってのが外見だということに今頃気付いた。
前まで金髪に近い髪で襟足が長く、ネックレス見せたチャラ男だったのに爽やか系に転身してやがる。
ムカつく。
…こいつがかっこよくなったから。
そして菜穂のこと狙ってるのが丸分かりだから。
耐えられず俺は菜穂と呼んだ。
親密な仲だって少しわからせたかったから。
実際は付き合ってるって形だけなだけで全く親密ではないけど…。
でも名前で呼ぶのって男じゃ俺だけだろうし。
案の定食いついてきた。
でもそれがきっかけで菜穂はあの男にも菜穂と呼ばせることを許した。
なんでだよ。
俺以外に何で呼ばせるんだよ。
吉岡廉っていうんだろ?
なんで廉って呼んでるんだよ。
俺は涼風くんじゃねーかよ。
”付き合ってるみたいやな”なんか俺の耳に入れさせんなよ。
それからイラついた俺は顔を一度もあげなかった。
菜穂を見たら絶対いろんなこと言って後から後悔してしまいそうだから。
あの日のように。
そして昼休みになるといつものようにうるせー女たちが来た。
「一緒に食堂行こうよ~♪お弁当作ってきたの!!」
語尾にハートマークをつけたような甘ったるい言い方。
そいつらに思いっきり八つ当たりした。
そして修二に連絡しようと携帯を出した時に聞こえた声。
「お、菜穂!!今行こう思っとったんやで~!どこ行くん??」
吉岡の声だった。
近くにいた女がその時言った。
「吉岡くん、なんかいい感じなったよね~♪あ、わたしは涼風くんが好きだけど~♪」
俺はいつのまにか吉岡を見てしまってた。
そして近くにいる菜穂の姿も目に入った。
なんでそんな堂々と俺の前で2人で話せるんだよ。
俺、そんなに寛大じゃねーぞ?
もう嫉妬心がいっぱいになってて爆発してしまいそうだった。
それを一生懸命に押さえ、早く修二のところへ行こうと思って先を急いだ。
「す、涼風くん!!」
そのときだった。
大声で、しかもどもりながら聞こえた声。
間違うはずもない、菜穂の声。
すぐに俺は振り向いた。
菜穂が歩く姿は誰でもわかるってくらい緊張してた。
横についてくる吉岡が目障りだけど今すぐ抱きしめたくなるくらい可愛い。
「あの…ちょっといい??話したいことあって。」
聞いた瞬間手を引いてた。
独り占めしたくてたまらなかった。
そしてもう俺じゃないようなセリフ、言いまくり。
”名前呼ばせるな。”とか。
でも一緒に食べようと言った時の菜穂の表情が明るくて可愛くてそして素直に言ってくれた嬉しいの言葉に照れてしまって…逃げるように昼飯を取りに行った。
いつの間にこんな大きくなってたんだろう。
俺の想い。
かっこ悪いにも程がある。
ほんっとに情けないくらいだ。
そこで修二に今日は女と飯食うって連絡をした。
何も話してなかったから近いうち話すって言って電話は切った。
修二は誰か相当聞きたがってたけど。
そしてテーブルに行くとまた男に絡まれてるし。
それにまた嫉妬心丸出しでその男らを睨みつけた。
たぶん2年か??
「人の女になれなれしくされるとイラつくんだけど。」
なんてらしくないことだって言った。
近くにいた奴が驚いてこっち見てたっけ。
そりゃ俺に勝てるわけもなく、男らはいなくなったけど菜穂、危なっかしいなって改めて思った。
こいつ、そして自分が目立つって自覚してないし。
でも初めて2人で食べる昼飯は美味しかったし、やっぱり楽しかった。
あいつの笑顔見てたらさっきの嫉妬心全開の汚い心も澄んでいく気がする。
会話をあまりふってやれなかったけど、菜穂が目の前にいるだけで落ち着いた。
屋上に行く時、俺は菜穂の手を取った。
いつも強引に掴んでたけど今日は、今回は繋いだ。
互いの指を交互にして。
嬉しそうに笑う菜穂を見て、周りに俺らのことバレないようにしてたけどもういいやって思った。
バレたら男はあんまりよってこないだろうし。
相手が俺だし、勝てるやつはそうそういないだろうし。
変な女に手出しなんて絶対にさせない。
守ろう。
この手を離したくないと思った。
手始めにいい具合にすれ違った吉岡に言った。
不機嫌丸出しの吉岡。
さっきの俺と同じだな。
というか逆だな。
でも屋上で吉岡が菜穂のことが好きだということがわかって、そして告白されそうだったからなのか、アイツのこと考えてる菜穂にまた嫉妬心が膨らみ始めた。
そしてムカついて独占したくて思わず抱きしめてしまった。
俺の心臓?
菜穂の心臓?
いや、たぶん両方だ。
鼓動が早くなってるのがわかった。
菜穂は完全に固まってた。
俺が何を言っても無反応。
もう我慢が出来ずキスをしてしまった。
独占したかった。
俺のことばっかり考えて欲しかった。
ワガママだけど、ヤキモチばっかりな男だけど菜穂の頭を俺でいっぱいにしたかった。
奪ってやった、ファーストキス。