肩を抱いてわたしを座るように誘導する涼子ちゃん。
それを拒否してわたしはドアの前に立ち続けた。
「壮陛さ、事故ったんだって。道渡ってたら横来てたトラックに巻き込まれたらしくて…。」
涼子ちゃんの横に立ってフジくんが話をしてくれた。
「方向からして、菜穂ちゃんの家行く途中だったんじゃない??」
「うわーーっっっ…」
わたしは言葉にならなかった。
大声で叫び、そしてその場に崩れた。
「違っ!!菜穂ちんのせいじゃないよ!!ちょっとフジ!!」
「いや、そういう意味じゃ…」
その言葉なんか聞こえずわたしは泣いた。
2人の言葉は入ってこなかった。
そのとき、涼子ちゃんの反対側からも温かい手を感じた。
顔は上げられなかったけど声でわかった。
さっき聞いた声。
「泣かないで…。あの子は大丈夫。きっと…。」
壮陛のお母さんだった。
でも…──
願いは届かず…──
その1時間後に壮陛は息を引き取った…──
親を置いて。
友達を置いて。
そしてわたしを置いて──…。
誕生会は??
その後は??
毎日会おうって言った言葉は??
わたしはあまりのことに混乱してずっと泣き続けた。
お母さんも、フジくんも、涼子ちゃんも泣いてた。
後悔ばかり。
あの時なぜ壮陛と別れたの??
あの時、なぜバイトが嫌だって正直に言わなかったの??
そしたらきっと運命は変わってただろうに。
きっと別れずに、笑えてたのに。
そして…壮陛がいなくならなかったかもしれないのに。
神様、わたしはあなたを恨みます。
残り少ない日本の生活。
通夜・葬儀の参列となった。
愛する人の旅立ち。
どうして??
わたし、ずっと会えると思ってたのに。
壮陛と話したいこと、たくさんあったのに。
やっと…素直になれるって思ってたのに。
「菜穂ちゃん…──」
話しかけてきたのはフジくんだった。
葬儀が終わり、涼子ちゃんと鈴ちゃんとフジくんと帰ってたときのこと。
「ごめん、ちょっと2人で話したいから。涼子たち先帰ってて。」
これに涼子ちゃんは頷き、わたしとフジくんは喫茶店に入った。
制服姿はわたしたちだけだった。
「大丈夫…??って…──そんなわけないよね。」
フジくんは持ってきてもらったお冷をグイッと一気飲みした。
これからたくさんのことを話すというように。
「壮陛さ、ずっと菜穂ちゃんのことばっか考えてたよね。」
そう言うとフジくんは笑った。
──わたしは笑えないよ。
そんなこと言われるとまた涙が浮かぶ…。
「実はさ、俺最初菜穂ちゃんのこと可愛いってあいつに言ったんだわ。でもあいつ、絶対協力しねぇって言ったんだ。珍しいなぁって思ってた。」
黙ってるわたしにフジくんはずっと続けた。
「そしたら俺の女とか言うし。あれにはビビったよ。」
そう言うとまたお冷を注文したフジくん。
黙ってわたしはその光景を見つめてた。
「あいつ、優しかった?」
突然の問いに戸惑いながらもわたしは小さく頷いた。
それにフジくんは少し笑いながら
「そっか。」
と言った。
そのときちょうど来たコーヒーを飲みながらまた口を開くフジくん。
「あいつが女に優しくするのは2人しか知らないから、俺。本気で好きだったんだろうな。でもさ、俺思うんだ。」
そう言うと台の端にあったアンケートの紙の裏においてある鉛筆で書き始めた。
そしてそれをわたしに見せる。
そこには”輪廻転生”と書いてあった。
「あいつなら絶対人間にまた生まれ変わる気がするって。」
「わ、わたしも!!」
初めて喫茶店で口を開いた。
そういわれたらそんな気がする。
壮陛なら厚かましくまた人間っぽいもん。
それにフジくんも笑った。
そしてわたしの目の前に小さな箱を置いた。
濃い青。
このつくりは何が入ってるのか想像がつく。
小さなアクセサリーだろうという。
「壮陛が持ってたってさ。おばさんから預かったんだ。彼女に渡してくれって。」
その箱を震える手で手に取った。
パカッと開くとそこには小さな銀の指輪が入ってた。
見た瞬間、溢れる涙を止めることができず、箱を胸に抱いた。
「誕生日プレゼントだったんだろうね。」
そう言ってフジくんはコーヒーを口に含んだ。
指輪を手に取り、震える手で内側を見た。
そこに書いてあった言葉は”Never give up”。
「Never give up.」
涙を流しながら小さな声で口に出すと
「は?」
ってフジくんが不思議そうに聞いてきた。
「書いてあるの。Never give upって!!」
「あきらめるな、か。菜穂ちゃんがあっちでくじけたりする姿、あいつ想像してたんだろうな。」
もう言葉にならなかった。
壮陛、わたしのこと考えて彫ってくれたの??
あきらめないで、頑張れって応援のために彫ったの??
──壮陛の口から…
──すべて聞きたかったよ…。
神様、わたしはあなたを恨んでます。
でも…もし、わたしの願いを叶えてくれるなら取り消します。
「フジくん…──これわたし…はめてていいかな??」
しまうなんて出来ない。
ずっと触れていたい。
「いいと思うよ。そうしてあげてくれるなら俺も嬉しい…。」
フジくんも泣きそうな顔してた。
わたしは左手の薬指に指輪を通した。
壮陛、わたしのことわかってるね、なんでも。
サイズはピッタリだった。
それをフジくんに笑って見せた。
「ピッタリなの!!」
そう言って泣きながら笑った。
「ハハッ、あいつほんと菜穂ちゃんのこと好きだったんだな。なんでも知ってんじゃん。」
フジくんも泣きながら笑った。
神様…お願いします。
壮陛をもう一度人間にしてください。
そしてわたしと出会わせてください。
葬儀が終わった次の日、わたしは旅立った。
パパ、ママ、お兄ちゃん。
涼子ちゃん、鈴ちゃん、フジくん。
赤星さん、店長、山野さん。
1番わたしが好きになった人はいない。
でもきっと…見てくれてる!!
わたしは左手につけたお守りをギュッと握って拳を作った。
「みんな、行って来る!!!」
最後は絶対笑顔で旅立ちたかったから。
涙なんてもう見せたくなかったから。
最高に笑って手を振りながら歩いた。
「菜穂ちん、なんかあったらすぐ連絡してよ!!」
涙声の涼子ちゃん。
「手紙書くわ!!」
珍しく優しい言葉の鈴ちゃん。
「身体に気をつけるのよ!!」
いつも優しいママ。
「元気に帰ってこいよ!!」
壮陛の写真を持ってきてくれたフジくん。
「元気で!!」
わたしをいつも励ましてくれた赤星さん。
みんなと離れるの、寂しいけど大きくなるんだ。
「ありがとう!!またねっ!!」
そう言ってもう振り返るのをやめた。
振り返らないと決めたら流れそうになる涙。
出ないように左手で右の甲をつねった。
壮陛、わたし頑張るから。
だから見ててね。
──あれからわたしは必死に生きた。
英語しか喋らない地に行き、勉強し続けた。
失ったものは大きい。
でもどうしても手に入らないもの。
でも成長の糧にするかのように毎日わたしは大きくなった。
壮陛のおかげで諦めるという言葉を使わなくなった。
きっと、わたしなら出来るって思うようになった。
そのおかげで今のわたしがいる。
あれから10年たったわたしは英語とは切っても切れない世界にいた。
英語の勉強を必死にしたわたしは、英語の塾の講師をした後、教師になった。
胸にはあのときの指輪。
Never give up.
この言葉に何度励まされたんだろう。
晴れたこの日。
10月24日の壮陛の命日。
1人で訪れたお墓。
綺麗に掃除してあり、綺麗なお花が並んでいた。
壮陛、今日も晴れてるよ。
わたしたちが出会ったあの日みたいにいい天気。
空はキラキラと輝いてる。
もう、産まれてきてるのかな。
信じてる、きっと会えるって。
そしてわかるって。
惹かれあわなくてもいいの。
ただ姿を…そして感じたい。
「…壮陛。」
お墓を見て声をかけた。
返事はなくてもきっと聞こえてる。