壮陛…。
わたしがこのときあなたの話を聞いてたらどうなってたのかな??
きっとわたしは信じて、あなたのこともっと好きになった。
でもね、このときのわたしは小さくて、つぶれかかってて。
話を聞いてこれ以上傷つくのがこわかったの。
最後にキスするって約束、あんまり出来なかったけど何度か感じた壮陛の温もり。
絶対忘れない。
幸せだった数ヶ月。
これがあれば…綺麗な思い出があるから大丈夫。
涙を止めてわたし、頑張るから。
あれから数日。
壮陛と話すことはない。
隣の席だけど隣じゃない。
それは壮陛が学校に来てないから。
「壮陛のこと、悪い奴と思わないでほしい…。」
フジくんがわたしに言った言葉。
悪い奴だなんて思ってない。
むしろ楽しい思い出を作ってくれた、人生で1番好きになった人。
お礼が言いたいくらい綺麗な思い出だから。
断ち切ろう、早く。
自分から言ったんだから。
望んだんだから。
神様、いるんだったらお願いします。
もし今壮陛が傷ついてるんだったら早く癒してあげてください。
わたしなんかどうでもいいから。
しばらくして壮陛とミス北洋が付き合うことになったと聞いた。
壮陛は前に進んだんだ。
学校には来てないけど進んでいく道を見つけたんだ。
立ち止まってるわたし、でも神様にお礼を言った。
──壮陛の傷はもう癒えたんですね、ありがとう──
って。
でもおかしいことにわたしは涙が流れた。
ハヤク
フッキラナキャ。
壮陛は壮陛の誕生日の翌日、学校に来た。
ガタンと音を立ててわたしの横に座る。
いることはわかってるのに前みたいにチラ見することもできなかった。
話しかけるなんてもっと。
わたしたちの間にはすごい溝ができてた。
グランドキャニオンくらいの。
もう…戻れなさそうなほどの。
「いいじゃない、菜穂。あんたは堂々としてて。別に気にすることもないでしょ。」
鈴ちゃんと涼子ちゃんに気まずいと話したら鈴ちゃんからこう言われた。
堂々とするのはいいけど…やっぱり辛い。
吹っ切れてないのはわたしだけってことも、もうあの笑顔を見れないってことも、休み時間のたびにミス北洋が来たり、壮陛が出かけたりすることも。
「…そうだね…。」
小さな声で涼子ちゃんが言った。
涼子ちゃんといえば最近少しおかしい。
壮陛の話になるとあんなに怒ってたのに最近は全然。
鈴ちゃんもおかしいと思ってるけど自分から言うのを待ってるんだと思う。
涼子ちゃんに無理矢理言わせたりするような人じゃないから。
そんな涼子ちゃんはフジくんとおとといから付き合ってる。
やっとって感じだけどフジくんがちゃんと告白してきたらしい。
毎日登下校をしてる仲良しカップル。
うらやましいというより嬉しい存在。
10月に入り、季節は秋になろうとしてた。
ミス北洋と付き合ってるってのがよくわかった。
だって教室に全く来なくなったから。
もう落とす必要がないから来る必要がないってことと解釈してた。
大丈夫、辛くない。
大丈夫、わたしは落ち込んでない。
ずっと言い聞かせてた。
自分から別れを選んだくせになんなんだろうな。
でもこの心の内は絶対に人に言えないんだ。
「もうすぐ誕生日でしょ?」
昨日バイトはそのまま休みをもらってたからもちろん出勤。
赤星さんが聞いてきた。
赤星さんといえば、あんなところを目撃したのに一切壮陛の話をしない。
きっとされたくないとをわかってるんだ。
あんなに怒ってたのに不思議だな、とは思ったけどありがたかった。
「はい。今年も家族に祝ってもらいます。」
苦笑いで言うと赤星さんも苦笑いで笑った。
お店が最近繁盛してる。
店長が無料配布の冊子に広告を載せてからだ。
今日もこのくらい話してたらお客さんが入ってきてそれからはひっきりなし。
会話はバイトが終わるまで仕事以外のことはなかった。
「お疲れ様でした、また明日…。って赤星さん明日休みでしたっけ??」
バイトが終わっていつものようにバイクを降り、聞いた。
赤星さんも週に1度の休みがある。
それが明日だったかあさってだったか。
とりあえず赤星さんのいない日のバイトは店長のマシンガントークの相手をしなきゃいけないからだいぶキツイ。
学校のことあれこれ聞いてくるもん。
「うん、明日休み。菜穂ちゃんは3日休みでしょ?」
「はい。じゃあ2日会えないですね。」
別に何も考えずに言った言葉。
でもそれはわたしの軽々しい言葉だったのかもしれない。
「……─知ってると思うけど俺さ、菜穂ちゃんのこと好きだから。」
突然起こった、突然聞こえたこの言葉にわたしの思考回路はストップ。
同時に聞こえてきたのは
「菜穂、それは微妙に告られてるんじゃない。気付いてないの??」
って前に言った鈴ちゃんの言葉。
2人は本当に確信してたんだ…。
お子様なわたしにはその意味を理解できてなかった。
「知って…ませんでした。」
そう言うと驚いた表情を見せる赤星さん。
でもそれと同時に笑った。
「なんか、さすがって感じだね。」
褒められてるのかけなされてるのかわからない言葉だったけど意味深く考える余裕はなかった。
「返事、強要するつもりとかもないし…。ただ我慢できなかったから言っただけだから。」
わたしは下を向いて小さく頷いた。
「でもっ…──もし付き合ってくれるんなら絶対悲しませないし悩ませない。絶対に大事にするから。」
そう言うと急いでヘルメットをかぶる赤星さん。
わたしに何も言わせないうちにまた口を開いた。
「じゃあ4日にね。」
そしてバイクを発信させた。
わたしは呆然と立ってた。
─ポチャン─
お風呂につかってゆっくり考えてた。
悪い人じゃない。
いや、むしろいい人。
かっこいいし、優しいし。
家も近いしバイクもある。
進路は大学に決まってる。
断る理由が見当たらない。
でも悩んでる理由は壮陛と最近別れたばっかりということ、それと壮陛のこと忘れてるわけじゃないということ。
「どうすればいいのかな…。」
1人しかいないってわかってるのに呟いた。
逃げるんじゃない。
ただ自分の成長のため。
そう自分に言い聞かせるように小さく1人で頷いた。
一睡もせずに考えた少し肌寒い部屋のベッドの中。
わたしはある決意をした。
わたしは大きくなるんだ。
「鈴ちゃん、涼子ちゃん、わたし…休むよ。」
わたしのいきなりの言葉に首を傾けながら涼子ちゃんが問う。
「何が??」
その言葉にわたしはツバを1回のんで改めて話し始めた。
「学校。」
「「はぁ!?」」
2人が同時に発した。
わたしは新たな決意をしたんだ。
前々から興味があった語学留学。
外見がこんなんだし、外国人の人に話しかけられるのもしょっちゅう。
ずっと憧れてたこともあったアメリカ。
パパやママはずっと行けって薦めてくれてた異国の地。
行くことを決めた。
「わたし、アメリカに行きたいの。」
2人は何も言わずに顔を見合わせあった。
もうさっき、先生には話した。
休学手続きの書類ももらった。
単位をとれば進級扱いにもできるって言われた。
もう実行するだけ。
「菜穂が決めたことなら何も言わない。応援するわ。」
鈴ちゃんはわたしをしっかり見つめながら言った。
「わたしも!!本気って顔に書いてあるし!!寂しいけど頑張って!!いつから??」
笑顔の涼子ちゃん。
「ありがとう…。まだ留学会社が渡航時期を決めるらしいからいつからかわかんないけど。でもパパが入学したてた頃からあの話、あの話って言ってたことだったから…遅くはないと思う…。」
そう言うとまた無言に2人はなった。
「そっか…。それまではいっぱい遊ぼうね!!」
涼子ちゃんは無理矢理笑顔を作ったような顔をした。
目は少し潤ませて。
それにわたしも潤んだけどグッとこらえた。
わたしが決めたことだから、わたしが泣いちゃいけない。
「もちろん!!」
ハイタッチをした。
そして朝、パパに話してたこともあってバイトから帰るとパパに言われた。
「11月1日に学校に入れるらしいぞ。」
もう1ヶ月ないんだ。
バイト先にちゃんと言わなきゃ。
赤星さんに言わなきゃ。
…──壮陛には…言う立場じゃないか…。
壮陛、わたしまだあなたを思ってるみたい。
わたしね、思う。
わたしのペースに合わせてくれたんじゃないかって。
だってお子さまのわたしに壮陛が付き合ってくれるわけないもんね。
好かれてたって思ってていいよね??
愛されてたなんて言葉は使えないけど。
ごめんね、全部話も聞けなくて。
もう少し大きくなって…そして帰ってくるから!!
誕生日は壮陛は学校に来なかった。
涼子ちゃん、鈴ちゃんにプレゼントをもらい、お茶をして帰った。
家族でわたしの好きなビーフシチューを食べた。
赤星さんからメールが届いた。
嬉しかったけど、楽しかったけど…わたしが思ってるのはまだ壮陛みたい…。
連絡、待ち続けてるわたしを自分でバカだと思った。
今頃きっとミス北洋と笑い合ってるのにね。
「そっか…。」
留学を決めたこと、店長は泣きそうになったけど渋々了承してくれた。
そして赤星さんにいつもどおり送ってもらって話したとき、第一声はこれだった。
「ごめんなさい。夢だったから…。」
そう言うわたしに笑顔で微笑み返してくれた。
「いいと思う。頑張っておいで。」
─いいと思う。
この言葉には何が含まれてるんだろう。
壮陛と別れたから行くこと?
赤星さんと付き合うことはできないから行くこと?
壮陛を…忘れるために行くこと?
きっと全部だと思う。
「ありがとうございます。赤星さんと出会えてわたし、本当によかったです。」
「そういうこと…言わないで。ほんとに抱きしめたく…引き止めたくなるから。」
笑顔を消して言う赤星さんにわたしは言葉を失った。
この言葉に対して何かを言えるほどわたしは賢くもないし大人じゃないから。
そしてそのままバイクで走り去った。
赤星さん、本当にごめんなさい。
答えもあやふやだし、あんなにわたしのこと助けてくれたのに。
でもわたしは本当のお兄ちゃんのようなあなたの存在、大きかった。
──幸せに絶対なってください。
そしてわたしの北洋高校の生活が残り少なくなっていく。