「フジ!!俺コイツ送るからその女送って帰れよ。じゃ。」
一方的にフジくんに後ろを向いて言う壮陛。
「え、おい!!待てって!!壮陛!!」
そんなフジくんを構わず壮陛は早歩きでわたしを引っ張って行く。
「そ、壮陛!?」
引っ張られながら名前を呼ぶけど返事はない。
人がたくさんいるのに構わず突き進む壮陛が急に遠い人に感じた。
駅に入り、満員電車に乗る。
壮陛に何度も話しかけたのに返事がない。
完全に怒ってる。
完全にシカトされてる。
そしてわたしの家の近くの駅で電車を降り、手は繋いだままだけど家に向かって歩いた。
お兄ちゃんとの約束の時間まであと20分はある。
ちゃんと話さなきゃ。
そう思ったとき、壮陛は公園の中に入った。
うちから近い公園。
薄暗い公園。
そこに入ると手を離した。
「言わなきゃわからないだろ。何があったんだよ。」
上からわたしを睨むように見てる。
こわくなった。
怒られてる気がすごいしてて。
蛇に睨まれた蛙とはよく言ったものだ。
身動きができない。
だんまりのわたしにため息をつくとまた続けた。
「俺、なんかしたかな?」
そう言って近くのベンチに座ってタバコに火をつけた。
夜の空気に煙が混じっていくのがわかった。
タバコは好きじゃない。
でも、壮陛のタバコの煙の匂いだけは許せる気がする。
「ち、違うよ。壮陛は何も…。」
「じゃあ何?疲れたんじゃないだろ。お前さっきからさ、表情暗いし話さないし、上の空だし。」
きっとフジくんから聞いたわけじゃなさそう。
理由聞かれてるけど言わなきゃいけないんだろうか。
フジくんには口止めされてるし…。
まただんまりのわたしに呆れたのか、タバコを足で消して立ち上がった。
「もういい。」
そう言ってわたしの目の前を素通りして歩いていく。
「待って!!」
やっぱり行かせたくないわたしは追いかけて後ろから手を引っ張った。
それを強引に振り払って壮陛は歩いて公園を出ようとする。
でも言えないよ、過去知ってこわくなっただなんて。
話したがらないのは知られたくないってことだもん。
フジくんとも約束したし。
何か口実…
でも思いつかなくてどんどん壮陛は離れて行く。
振り払われた手にだけ壮陛のぬくもりが残ってる気がした。
言葉が出てこない。
何を言えばいいかわからない。
そして公園から壮陛が出て行くのが見えた。
追いかければいいのにその勇気がなくてわたしは立ち尽くしてた。
女の気持ちがわからない。
さっきまであんな楽しそうに笑ってたのにいきなり暗くなる。
楽しそうじゃない。
俺がトイレから戻ったときくらいから。
修二となんかあったんかな?
まさかあいつのこと…。
でもそれはないよな?
友達のあの女が好きらしいし。
楽しくなかったのかな…。
俺はめちゃくちゃ楽しかったのに…。
あいつの笑顔見てるだけで落ち着くのに。
いつの間にかすっげー好きになってたから、だからあいつがあんな思いつめた顔してたらすぐ気付く。
言っても答えないし、こっちあんま見ねーし。
また、フラれるんかな。
せっかく好きになれたのに。
でも今回だけはやっぱり手放したくない。
どんどん独占欲が強くなってしまってる。
でも今日は連絡はしたくない…。
支離滅裂だ。
こんなに女のことばっか考えるなんて自分がムカつく。
俺は変わったのに、あいつのせいで昔の俺に戻ってやがる…。
さっきからうるさく俺を呼ぶ携帯が耳障りで枕の下に沈めてやった。
相手はもちろんわかってるから。
別に怒ってるんじゃない。
不安なんだ。
嫌われたんじゃないかって。
だから菜穂の声を聞くのがこわい。
いつのまにかだっせー男になってしまったらしい。
ちゃんと明日は話を聞こう、立ち向かおうと思って今日は電源を切って寝た。
そしてその日の夢まで俺を苦悩させやがった。
菜穂に嫌われる、菜穂がなぜか修二と付き合ってる夢なんて見てしまったから。
何度起きて寝てもその夢、ありえねぇ…。
修二が裏切ったりするわけないのに。
そうだな…。
あいつが変わったのは修二と2人で話してたあの時から。
明日、聞いてみよう。
修二のこと、好きになったんか?って。
朝の10時半くらい。
目覚めて携帯を見た。
菜穂から着信が4回、メールが3件。
全部メールの内容は謝ってた。
それは別れたいからなのか…。
マイナス思考が止まらなくなってた。
でもこんな弱い部分を見せたくない。
震える手を押さえながら俺は着歴から菜穂に電話した。
勢いでしたのに手が震えてしまう。
やっぱり別れるのがこわいんだ。
コールが何回か聞こえた。
そして
「も、もしもし!?壮陛!?」
菜穂の焦った声が聞こえてきた。
落ち着け、俺。
自分に言い聞かせた。
「昨日、電話した?」
当たり前だろ。
自分にツッコミを入れながら口を開いた。
冷静を装うには言葉が出てこない。
「うん…。ごめんね。謝りたくて…。」
そう言って黙り込む菜穂。
なんに対して謝りたいのかがさっぱりわかんねぇ。
でも別れたくない。
声を聞いたらやっぱり愛しいんだ。
離したくないって思った。
だから理由を聞くのがこわい。
このままいれるならこのままでいいや…って思ったんだ。
きっと菜穂は俺がこんなに弱いだなんて思ってないだろう。
逆に強気で感情をあまり見せない自己中な男だって思ってるだろう。
そんな俺のそばにこれからもいてくれるなら
「もう、いいよ。」
って言うしかない。
これで全ておさまるならいいか、って思った。
「許して…くれるの??」
弱く聞こえてくる菜穂の声。
こっちこそ、これからも付き合っててくれんの?って聞きたいくらい。
「あぁ。」
小さく言う。
俺はホッとしてるから。
これでおさまるって。
これからもこのまま続けれるって。
「ごめんね…。ありがとう。」
この言葉を言う菜穂の姿、顔が想像できた。
そしたらむしょうに会いたくなった。
「今日、会える?」
明日からは学校が始まる。
夏休み最後になるし、会っておきたかった。
でも菜穂は
「…っゴメン…。今日は涼子ちゃんと鈴ちゃんと約束してて…。」
それならしょうがないんだ。
でも強がることでしか態度を表せない俺だから
「そっか。じゃ、また明日。」
そう言って一方的に電話を切った。
きっと嫌な気分になるだろう、菜穂も。
俺だって嫌な気分だ。
電話を切った後、深いため息をついて思いっきり後悔した。
ベッドに横になってぐったりしてしまった。
結局修二のことは聞けなかった。
ヘタレな俺が頭にくる。
そして枕元に置いてた求人雑誌に目を通した。
バイト、早く見つけなきゃと思って。
いい加減金がない。
遊びにも行けない。
適当に決めた学校近くのファミレスの時給800円の店に今日面接に行く。
そこの場所を最終チェックした。
担当、森野という文字も。
結局バイトは即日でオッケーがもらえて3日後からの出勤になった。
菜穂には何も言ってない。
バイトするって話くらいすればいいんだけど意地になってる自分。
電話もメールさえも自分からはしたくない。
素直になれればいいんだ。
でもなれないんだ。
好きすぎて。
夜に菜穂からメールが届いた。
9時前。
もう門限とっくに過ぎてるし家なんだろう。
【今日はごめんね?怒ってる??】
お伺いをたてるようなメールだった。
怒ってるんじゃないよ。
いじけてるんだよ。
ガキみたいな奴なんだよ。
おまえがわかってないだけなんだよ。
もう限界だった。
電話をかけた。
──プルルルル
──プルルルル
コール音がまどろっこしい。
すっげー短気になってた。
「もしもし??」
菜穂の声が聞こえた瞬間やっぱりホッとする自分がいた。
「なぁ、今からさ、俺が行くから…ちょっとだけでも会えない?」
無理な願いだとわかってる。
あいつの親は厳しいっていつも聞いてるから。
でもどうしても顔を見て話したかった。
チャリだったら飛ばせば20分で行けるはず。
「──…わかった。どうにかする!!」
心強い菜穂の声。
「無理はするなよ?」
「しないよ。」
笑いながら菜穂は言った。
そして電話を切り、俺はチャリを飛ばした。
夏の暑い夜、汗だくになるのをわかってながらこぎまくった。
家の近くについて電話をかけた。
「もう外にいるよ。」
驚きの言葉。
「はぁ?危ねーだろうが。どこ?」
ちょっと声を荒げた。
でもそれに動じる様子もなく
「家の前だよ。友達が忘れ物持ってきたって言ってるから大丈夫。待ってるね。」
その危ないの意味じゃないんだけど…。
あいつは他の危ない奴に襲われたりするってより親が怖いらしい。
それにちょっと笑いそうになりながら家に向かった。
言う通り家の前に菜穂の姿。
チャリの音に気付いたのか菜穂が駆け寄ってきた。
「壮陛っ。」
走ってきて止まった俺の右手を掴みながら何度も菜穂はゴメンって言った。
疑問をぶつけることにした。
「そのゴメンってさ、何のゴメン?」
別れたいからって言うなよ、頼むから。
神に願う気分だった。
でも菜穂はすぐに言ってくれくれなかった。
下を俯きながら言いにくそうに口を開く。
「あ…あの…ね…。」
歯切れが悪くて聞いててイライラしてきた。
睨むように菜穂を見てしまい、菜穂もそんな俺に気付いて観念したかのようにフッと息をついて話し始めた。