流れる涙を見られまいと
両手で顔を覆っていると
その気配の人物は、
私の両腕を優しく掴んだ。

「涙は止めなくていい。
…顔を。」

私はただ頭を横に振る。
…だが、
この手に触れられて、
先刻の温もりを思い出す。

不思議に思い、両手の力を僅かに緩めた。

すると、目の前の人は
私の顎を持ち上げ

涙で乱れた私の眼を
真っ直ぐに見つめた。


どれほど
そうしていたのだろう。
ほんの一時かも知れない。
互いに見つめ合ったまま動かなかった。

寝起きと泣きすぎで働いていなかった頭が、
ようやく動き始めた。

恐る恐る、一言発する。
『あの、…あなたは…?』
そう言ったつもりだった。

だが、音は聞こえなかった。
唇だけが動き、喉は全く振動しない。

―…どうして…?
声が…。

信じられない思いでいると、
男は

「やはり声が…。
よほど辛かったのだろうな。」

と、低くよく響く声でそう言い、
私の頬に残る涙を優しく拭った。

見たところ、私より少し歳は上のようだ。
髪は黒々として、長い後ろ毛を一つに結っている。
双眸は熱く、思わず目を逸らしてしまうほど
真っ直ぐにこちらを見つめている。

「顔が紅いな。」

突然、彼は自分の額と
私の額とをくっつけた。
更に桜色に染まる私の頬。

驚いて少し後ずさる。

だが、あまり効果はない。彼の手は私の手をしっかり握り締めている。


私はすっかり
この状況に戸惑っていた。