「おい、あんたも何か言ってやれよ
こいつに痴漢されていたんだろ?」

少年はそう稀菜に聞いてきた。

が、稀菜は何も答えず少年の瞳を
見つめるだけで無言だ。

「……え。お、おい?」

その時少年が掴み押さえていた力
が緩まり、小太りの男は逃げ出す。

丁度電車はホームについて扉が開き
男は走って逃げて行った。

「あっ、くそ…!」

少年は逃げられたことに舌打ちする
と、ずっと無言で自分を見ている
稀菜に目を向ける。

「何だよ、さっきから…何で何も
言わないんだよ?」

少年の言葉には答えず代わりに
一言言う。

「…ありがとうございました。」

ボソリとそう言うと稀菜は次の駅
で降りて行った。

言葉は少しもありがたく感じるも
のではなく、冷たい言い方だった。

少年は呆然と立ち尽くし扉が閉ま
ると我に返る。

 ああっ!俺ここで降りるんだった!

電車は次の駅へと扉を閉めた…