田上が大声で呼び止めた。

ピタッと桜の足が止まる。


「お前がいたから、百合ちゃんが勝ったわけじゃないからな。
勘違いするなよ。
俺は、百合ちゃんの実力に負けたんだ」


田上は桜を人差し指で指しながら、言った。

桜は深くため息をつくと、私の手を一旦離し、田上の前に堂々と立った。

若干桜の方が小さいはずだが、その存在感は田上を圧倒させていた。


「人を指さすな」と言い、田上の腕を下ろした。

田上は呆気に取られ、口をポカンと開けている。


「負け犬が何を言っても、何の説得力もないぞ。
情けないな、全く。
そして、いつ俺が勘違いをした?
今の試合で、俺がいたから勝ったと思うわけないだろう。
俺がいなくても、百合は勝ってたよ」


やはり、桜は胸を張る。

何度も聞いたその自信にあふれる言葉が、今は何よりも嬉しい。


「うるせえんだよ!
お前、調子乗りすぎだっつーの」

「うるさいって何だ。
お前の方が大声を出したじゃないか」

「そういう、うるさいじゃねえよ。
お前は細かいことにうるさい」

「細かくて何が悪い。
大雑把よりはマシだろう。
そして、さっきからお前お前うるさいけど、俺は桜だ」


言い争いが酷くなることは容易に予想できたので、私は桜の腕をグイグイと引っ張っていき、そのまま体育館を出た。

田上は私に負けた悔しさと、桜に罵倒された情けなさで、顔を赤面させていた。

やはり、プライドの高い男だ。



「まだ、話がついてないんだが」

桜は不服そうに言った。

「これ以上言ったら、田上が可哀そうだって。
学校来なくなっちゃうよ」

苦笑交じりに言うと、桜は少し納得したようだった。


「百合、スポーツも出来るんだな」

一本の長い廊下の真ん中で、教室に向かいながら、呟いた。


「知らなかったの?
特にバスケはね」