すると、
突如車内に巻き起こる風塵。

「お嬢さん、お待ちなさい」

と、風に紛れて
どっかで聞いたような声。

その声がした方を向くと
編み笠の三角頭巾に
毛皮の衣を着たマタギが
猟銃を構えていた。

「辛かったろうな。
今、楽にしてやろう。」

そう言って耳をつん裂く
爆発音とともに、
銃口から発射された弾丸が
化け物の腹あたりを
一気に貫いた。

「迅速かつ正確に。
狩猟の基本だな。
生涯一の大物だった。」

化け物のその大きな図体は
弾が貫通した軌道の方向に
ゆっくりと傾き、
まとっていた
黒い癒着物や気の塊を
ボタボタと
床に落としていくと、
さきほどの
半分以下くらいになった
元の姿をあらわにして
長椅子と長椅子の間に
大きく倒れ込んだ。

そして口から
何か食べ物のような
固形物を吐きだす。

「毒だな。
おそらく保健所かなんかで
処理されたんだろう。
気の毒な犬っころだ。」

そうマタギは言う。

エサに毒を盛られて
無条理に命を奪われた結果、
せめて誰かを
道ずれにしたかったのか
地獄の闇を連れてくる。

悲しい負の連鎖だが
それはここだけじゃない
どこにでもある話。
それらから
私は逃げる事しかできない。

今度こそ本当に
命を無くしたその犬に
弔いの言葉をかけてやる事が
私にはできなかった。