「さてと・・・・・・」

 ようやく呼吸と動悸が落ち着いて来た頃、灰山は咥えていたタバコを律儀に携帯灰皿に捨て、ズボンのポケットから携帯電話を取り出した。

 発信履歴から、『ボス』という文字を見つけ出し、数秒間、躊躇う。

(やっぱ「失敗しました」なんて、報告したらやべぇよなぁ。でも、連絡しなかったらしなかったで色々面倒だし・・・)

 どの道、相手の雷が落ちることは変わらないと判断した灰山が、発信ボタンを押そうとしたその時、灰山に向けて声が掛けられた。

「必要ないよ」

 その声はベンチのすぐ傍の木、しかもその上から聞こえた。灰山が見上げると、木の枝を、まるでソファーのようにして寛いでいる人物がいた。

 枝や葉の陰に隠れて、顔はよく見えないが、鮮やかな銀髪と、声から、その人物が誰か、灰山にはすぐにわかった。

「『必要ないよ』って簡単言うんじゃねぇよ。何かあったら連絡しろって、ボスから言われてんだ」

 灰山がうんざりした口調で告げると、木の上の人物はクスクスと笑った。

「無視っとけばいいさ。というより、“本”を発見したら、すぐに手に入れろっていう、ボスの考えは短絡的なんだよ。重要なのは“本”じゃない。“本”に記されている“神杯(しんはい)”なんだから」

 何もかもを見通しているかのような不敵な口振りに、灰山は溜息をついた。
 禁煙中の身としては、吐き出されるこれが紫煙だったらと、思う時もある。

「確かにそうだけどよ、その手掛かりがあの“本”なんだろ? だったら・・・・・・」

 灰山が言い終わる前に、それを区切らすかのように、木の上の人物が飛び降りてきた。

「いいから、いいから。ちょっと俺に考えがあるんだ。
 まぁ、のんびり待ってなよ。少なくとも、盗聴や監視カメラで“神杯”の情報集めるよりかは効率的だ」

 まだ少年と呼べる年頃のその人物は、そう言った後、灰山に背を向けて、どこかへと歩き去っていった。