騒然とする店内で、仙太は青ざめた。

「どうするんだよ?・・・・・・これ」

 当然ながら、空兎が踏み台にし、そこに料理や空き皿が置いてあったテーブルは無茶苦茶になってしまっている。

これの弁明や弁償など、色々考えれば当然、厄介だ。下手をすれば警察沙汰もありえる。

「・・・・・・じゃ、あとよろしく!」

 面倒は御免とばかりに、セレビアも“本”の強奪者を追いかけていった。いや、この場合、この場からの逃走といって良い行動だろう。

(ずるい・・・・・・)

 内心で嘆く仙太の横で、ジョーは頭を掻きながら、苦笑いをしていた。
 そんな二人の肩に、この店の責任者の手が置かれた。


§


 一方、空兎は、自分のせいで男性陣が苦労している事など、微塵も知らないどころか、考える余裕すらなく、“本”を強奪した男を必死に追いかけていた。

 なんとか見失わないように食い下がってはいるが、相手との差は縮まらない。空兎も俊足の部類に入るが、それは相手も同じようだ。

「こんのぉっ! 止まれってーの!」

 確実に届いているであろう、無駄に大きい空兎の呼び掛けにも、男は応じることなく、ひた走る。男の立場からしてみれば当然といえば当然だが、空兎の怒りのボルテージはさらに上がる。

「止ぉ、まぁ、れぇ、って・・・・・・言ってるじゃぁぁぁん!」

 凄まじい大声量に、周囲の人々が、ビクッとした反応で驚く。
が、男の足は止まらない。空兎の怒りが最高潮に達しようとした、その時!

 凛とした声が、空兎の耳に届いた。

「空兎! 伏せて!」

 声の主がセレビアだと、反射的にわかった空兎は後ろを振り返り、彼女が何かをしようとしているのを見て、倒れ込むようにして、その場に突っ伏した。

 直後、セレビアが唱える。


 −風の泥棒(シーフ)よ、駆け抜けよ!−


 前に突き出しし、重ねた両掌が淡く、緑色に輝き、突風が吹き放たれる。
その突風は空兎の頭上を駆け抜け、強奪者の男に襲いかかった。

 風にその身を捕らわれた男の手から本が離れ、空に舞う。まさに、目に見えぬ風の泥棒が本を盗みとったかのようだ。