空兎のタフネスぶりに素直に感嘆するセレビア。
 もちろん、あの猫とカラスの行動はセレビアの仕業だ。
 魔法で町中の猫とカラスを操り、空兎を追い掛けるように仕向けているのだ。
 決して襲わせるのが目的ではない。空兎を走り回させて体力を奪うのが目的だ。フラフラになって動けなくなったところで“本”を奪う。

それがセレビアの作戦なのだ。

 あえてこんな回りくどい方法にした理由は、単にこのドタバタ逃走劇を眺めて楽しむためだ。
 魔法という絶対的有利なアドバンテージがあるセレビアにとって、この鬼ごっこは彼女のお遊びに過ぎない。
 
 ちなみに空兎がたびたび墓場に迷い込むのはセレビアの魔法とは一切関係ない。

「でも、そろそろ限界かもね♪」

 水晶に映っている空兎は徐々にそのスピードが落ちていき、息は乱れ切っていた。セレビアの言葉通り、体力の限界が近いのが目に見えてわかる。

 艶めかしい舌なめずりをし、セレビアは移動を開始した。


§


 四月半ばともなると桜もほとんど散ってしまい、少し寂しくなった見知らぬ公園の並木道をひた走る空兎。

「ゼーハーッ! ゼーハーッ! ま、負けるかぁ!がんばれ! アタシ!」

 自らを鼓舞し、力を振り絞るが、辛さが自然と表情に表れ、足はもつれ始めている。さらに春にも関わらず真夏時のような汗が全身から吹き出していた。

 対してカラス・猫の連合集団はまるで衰えることを知らない追いかけっぷりを見せている。
 空兎が追い付かれるのは時間の問題だ。
 携帯電話もこの集団に驚いた拍子に落としてしまったために助けも呼べない上、周囲の人々はこの珍妙な事には関わらないよう、苦笑しながら傍観を保っている。

 孤軍奮闘する空兎はふと呟いた。

「嗚呼、アタシ、今、マジ頑張ってるよね・・・・・・誰か努力賞プリーズ!」

 人気のないその場所ではそんな願いが届くわけもなく、ついに空兎の足は限界からもつれていき、前のめりに派手にすっ転んでしまった。