すると空兎は視線を仙太から洗い物の方へと戻し、声のトーンをほんの僅か下げて答えた。

「仕返ししたかったからだよ」

 意外だった。空兎の口からこんな一言が告げられるとは………。

「自分のせいだからさ、どんなことされても我慢できたけど、さすがにエスカレートしてきて………我慢の限界来ちゃってさ………」

 何のことか仙太にはさっぱり見当がつかなかったが、詮索はできなかった。

 笑ってはいるが、声が震えているからだ。

「でもね、ある時、そんな気がさらさらなくなったの」

「……ある時?」

 仙太がそう尋ねた瞬間、空兎が洗い物の手を止め、ジーッと目を合わせてきた。

「な、なんだよ?」

「……………やっぱり覚えてないんだね?」

 言葉とは裏腹に、空兎の表情に落胆は微塵にも感じさせない。

 むしろ無理ないか、という感じだが、わざとらしく芝居かかった口調で仙太を脅す。

「マジショックだなぁ。数学の公式や英単語はすぐ忘れても初めての冒険は忘れたことなかったのになぁ」

 その言葉に、仙太はあの時見た夢を、思い出を、全て鮮明に思い出した。

「あ! そういえば狡いじゃないか! クヲンになれ初め訊かれた時、僕達が出会ったのって中学の時が最初だろ! なのにそれ以前があったように言ってからさぁ!」

「ふん! せっちんの記憶が曖昧なのがいけないのよ! あの時、アタシがどんだけドキドキしながら「初めまして」って言ったと思ってんのよ!」

 顔を一気に赤くした空兎に、仙太は意外そうにそっと呟く。

「緊張してたの?」

「うっ、うっさい! 蹴るよ!!」

 ますます赤面した空兎が腕を振り上げる。仙太は慌てて己を守りながら叫ぶ。

「いやいやいや! それは蹴るって言わない! 殴るだ!」

「いちいち細かく突っ込んで………何? ツッコミ王子にでもなる気? 流行んないわよ! んなもん!」

「そんな気はさらさらないよ。というか、それもう若干古い気が……」

「だから、いちいち突っ込むなぁ!」

 唾を撒き散らさんばかりに叫ぶと、空兎は仙太に飛び掛かり、そのまま押し倒した。