一階へと降りるエレベーターの中で、灰山は携帯電話を鳴らしていた。

 しかし、すで十コールは鳴らしているが相手は一向に出ない。またストレスが限界にきて喫煙衝動に駆られる。

「あの野郎………どこでサボってやがる!」

 十三コール鳴らした所で、灰山は切った。

 少しでもストレスを和らげようと、胸ポケットからくわえるだけのタバコを取り出そうとしたが、勢い余って落としてしまう。

「ちっ!」

 それを足で思い切り潰しても、気持ちは晴れなかった。

 そして携帯電話のディスプレイを睨んで、電話にでないあの生意気な天使の顔を浮かべた。


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 改めて眺めてみると、なんて殺風景な部屋だろうとクヲンは思った。

 しかし、妙に落ち着く。特殊任務のために組織が用意した高級マンションの部屋は確かに豪華だったが、どこか居心地が悪かった。

(俺って、金持ちになれないタイプかもな)

 そう思いながらテーブル上のメモ用紙に目を落とす。

 そこには平仮名だけの文字でこう書かれていた。


『せんたさんのおうちにいってますね。 まりぃ』


「へったくそな字だな……」

 だが同時に大した成長だと感じた。

 出会った当初は、まともな字すら書けなかったマリィが平仮名のみとはいえ、いつの間にか文字を書けるようになってたとは正直、クヲンは驚いた。

「アイツ、変わってないようにみえて、変わってきてるな…………」

 感慨深く呟き、もう一つテーブルに置かれているものに触れる。


 銀色の十字架ペンダント。


 クヲンがマリィにプレゼントしたこれがこれ見よがしに置かれているということは、決別の意味だろうか。

 恐らく違うだろう。

 以前、クヲンはマリィからこれを借りたことがある。あの時は過酷な戦いとなると思ってたからお守りとなるものが欲しかったのだ。

 多分、今度も同じ意味だろう。

 そうあって欲しいとクヲンは思う。