“それだけは譲れない”

 そういう強い想いが込められていた。

「君のか?」

「…………」

 仙太が怯まずに返すと、クヲンは無言のまま何も答えなかった。


 睨み合う二人の間に、灰山が割って入る。

「時間だ」

 端的に告げられた一言から数秒後、プロペラ音が屋上に響き渡る。

 それは、だんだんと大きくなりあっという間に耳を塞ぎたくなる程の音量となった。

 それもそのはず。

 学校の屋上上空間近に黒いヘリコプターが滞空しているからだ。

 そこから垂れ下がってきた縄ばしごに灰山が掴まると、ヘリコプターはすぐに上昇していった。

 空兎、仙太、マリィがそれに注目していると、遠ざかるプロペラ音に混ざって、辛うじてクヲンの声が三人の耳に届いた。

「じゃあな」

 その声に反応した三人が振り返ると、クヲンはすでに背中に白き天使の翼を生やしてした。

 背を向けたまま飛び去ろうとするクヲンを空兎は呼び止めたかったが、声がまだ出ない。

 いや、もう泣き叫び声が出ようがクヲンを呼び止めようと思い、口を開いた矢先、別の声がクヲンを呼び止めた。

「待ってください。クヲンさん」

 静かだが、よく通る澄みきったマリィの声。

 ゆっくりと歩いてクヲンとの距離を縮める。

 そして、空兎や仙太よりも一歩前に進んだ位置で立ち止まると、神妙な面持ちで尋ねた。

「クヲンさん、あなたは前と変わってはいませんよね?」

 それに対し、クヲンは背を向けたまま答える。

「さぁな?」


 次の瞬間───


 クヲンの白き翼が────


 ───漆黒に染まった。


「変わったかもしれないな……」

 悲しそうな笑みでクヲンは振り返った。

 そして、白鳥ではなく、カラスのような真っ黒な翼を羽ばたかせると、すぐに風に乗って飛び去っていった。


 羽ばたき音も程なくして聞こえなくなり、屋上に静寂が戻った。


 ……………否。


 雨音が激しくなる。


 堪えきれず、完全に崩れ落ちた一人の少女の涙と呼応しているかのように………



  【NO.8:曇りのち雨 完】