「なんだ、起きてるんじゃねぇかよ。返事くらいしたらどうだ?」

 少しでも気分を和まそうと、ワザと明るい口調でクヲンが言う。しかし、空兎の返答はない。

 重い空気を悟ってか、クヲンが謝る。

「わりぃ……」

 だが、返ってきた空兎の言葉は、クヲンにとっては意外なものだった。

「ううん、謝らなきゃいけないのはアタシの方だよ……ゴメンね」

 クヲンには、何故空兎が謝るのかわからなかったが、詮索はしなかった。

 その代わり返事もなにもせず、黙って空兎が寝転がっているベッドの左手側の縁へと腰をかけた。

「眠れないなら、シャワーでも浴びてきたらどうだ? まだだろ?」

「………………」

「気分でも変えてこいよ……」

「…………クヲンくん、せっちんと同じこと言った」

 空兎のその言葉に、クヲンは驚いた表情で空兎を見た。彼女は、微笑みを浮かべていた。

「なんか似ているなぁ……クヲンくんとせっちん」

「そうかぁ……?」

「そうだよ………」

 今一つ府に落ちていない様子のクヲンだが、空兎はこれ以上ないくらい納得の表情を浮かべていた。きっと彼女の中で何かが合致しているのだろう。

 クヲンは、これにも深く詮索はしなかった。まるで深く関わることを拒むかのように………

 すると、途端に会話が途切れ、沈黙が訪れる。

(こういうの……ホントは柄じゃないけど……)

 クヲンの左手が空兎の投げ出されている左手へと伸びる。

 だが───

「ゴメンね」

 その言葉と共に空兎の手が、クヲンの手を避ける。一瞬、驚いて伸ばした手を強張らせるクヲンだが、すぐにその手を引っ込めて、ズボンのポケットに入れると、ベッドから立ち上がった。

「いや、俺がゴメン……じゃ、おやすみな」

「……………うん」

 それだけ言葉を交わすと、クヲンは足早にベッドルームのドアを抜けていった。

 一人になった部屋で、空兎は寂しそうに呟く。

「繋がらないな………せっちんに…………」

 「お掛けになった電話番号は電波が届かない場所におられるか、電源が入っていないため掛かりません────」という起伏のない女性の声が額を通じて、耳に鳴り響いていた。