自分を取り囲む何人もの人。

 ハサミの音。

 床に落ちる栗色の髪。

 ───忘レタイ。


 机に刻まれた『死』という一文字。

 ───忘レタイ!


 自分を嫌う目。

 蔑む目。

 見下す目。

 ───忘レタイ!!



「……っ!」

 忌々しい記憶に空兎は、唇を噛んだ。そこから出た血がシャワーで洗い流されていく。

「やっぱりこれ……“奇跡”でも起こんない限り、忘れらんないよね?」

 自嘲するように呟く。

 そしてまた昼間のリプレイ。

 最悪の現実が記憶に甦る度に空兎の心は折れた。

 バスチェアから腰が滑り、床に膝が落ちる。顔を上げて、そこにひたすらシャワーを浴びせる。


 苦しい。

 息が止まりそうなほどに

 でも、こうしていないと

 沸き上がる涙が

 誤魔化せなかった。


(ジョーさん……アタシ、泣いてないから、泣かないから! お願い……無事でいて!!)

 切なる願いはただ一人のヒーローのために。

 空兎は必死に祈った。

 そうでもしていないと、発狂してしまいそうだった。


…………………
……………
………


「ウキュ♪」


 不意にバスルームの外から聞こえたキィの鳴き声に、空兎の思考は現実に引き戻された。

 シャワーから顔を離し、息を乱しながら、バスルームの出入口を振り返る。

 そこには、いつの間にか紐から解放されたキィが、楽しそうに跳ねている姿の影が見えた。

「………ホンッと、キィって癒し系だよね……」

 そう口にした空兎の表情には少し笑顔が戻っていた。

 そのキィの影に人影……仙太の影が横から現れる。

「こ、こらキィ!おとなしくしてろよ!」

「ウキュ〜〜ゥ」

 仙太に捕まり、キィが残念そうな鳴き声を上げる。そのすぐ後、仙太が慌ててその場から立ち去っていったのを見て、空兎は微笑を浮かべた。

(ありがと、せっちん)