その日、朝から奇妙な視線を感じていたジョーは、それを気にしつつも、客の前ではいつもの笑顔を振りまいていた。

 まもなく次のシフトと交代する時間が訪れる。
 店の時計でそれを確認しつつ、レジ打ち作業を済ませると、奥から店長が現れた。

「緋上くん、次の人が早めに来たから今日はもう上がっていいぞ」

 普段ならば断って、その交代権を他のシフト同僚に譲るのだが、今日に限っては今朝からの怪しい視線もある。

 店長の言葉に素直に甘えることが無難だと直感した。

「ありがとうございます。それでは、お先に失礼します」

 そう告げるなり、ジョーは、スタッフルームで手早く着替えては、「お疲れ様でした」と同僚達に丁寧にお辞儀をして挨拶し、裏口から店を後にした。

 気になる視線は、まだ背中に感じていた。

(狙いはやっぱり僕・・・・・・みたいですね)

 付かず、離れずといった風な不気味な気配。
 気にしなければたいしたことではないのだが、気にし始めるとまとわりつく程に気になる視線。

(……ちょっと試してみましょうか)

 そう思うなりジョーは、肩に掛けていた鞄を、斜めに掛け直して走り出した。
 人を巻き込まないように可能な限り人気のない路地を選んでしばらく走っていると、誰もいない細い裏道で、待ち構えているかのようにそれはいた。

 赤と黒の大型のバイク。
 ライダーはフルフェイスのヘルメットを被っており、ゴワゴワのライダースーツを着ているため顔は愚か、性別すら見るだけでは分からない。

 だが、分かることは一つ。
 全身が黒に染められた異様な姿その者は、明らかな敵意、いや───殺意をジョーに向けているということだ。

「えっと、どちらさまで──」

 ジョーの言葉を、謎のライダーは大型バイクの重低なエンジン音で遮りるなり、突撃してきた。

 ツンとくる排気ガスの刺激を目と鼻で感じながらもジョーは、紙一重でそれを柔道の前回り受け身の要領で回避する。

「問答無用というわけですか……」

 ジョーがぼやくと同時に、ライダーはバイクを急ブレーキさせ、アスファルトにタイヤの跡を擦り付けながら方向転換してきた。