「だから天使の俺が幸福を与えてオトシマエつけようとしてたんだよ……」

 そこで男は小さく笑った。「ま、悪魔もいるなら、天使もいるよな」と笑いを苦笑に変えて、さらにそれから少し陰を落としたような表情に変わった。

「手遅れなんだよ………そう、“奇跡”でも起きない限りはな」

「あ……?“奇跡”?」

「俺逹が何年も追い求めている宝“神杯”というのがある……それが“奇跡”を起こせる宝だ」

 何故、この男は初対面である自分にここまで話すのだろう、とクヲンの中で僅かに疑問が生まれた。

 だが、すぐにそれは予想がついた。

「どうだ? 俺達に協力する気はないか?」

(やっぱりな・・・・・・)

 ギリッとクヲンは奥歯を鳴らした。

「ふざけんなよ……。マリィ殺しといて協力しろとは勝手が過ぎるんじゃねぇか!?」

「………よく見ろ」

 男が顎で差す先には、倒れているマリィ。
 ただし、口から漏れている白い息がクヲンにも見えた。それが生きていることを証明していた。
 安心したクヲンがマリィの元へ向かおうと、男に背を向けたその時、男が言い放つ。

「だが、そのままではいずれ死ぬ。例え悪魔でもな」

「…………」

「組織管轄下に良い病院がある………この意味がわかるな?」

 クヲンの目から見て、マリィの状態から悩んでいる余裕はない。
 それに“奇跡”を起こせる宝、“神杯”にも興味はある。

「いいぜ……」

 首だけ男に振り向き、提案に乗った。

「交渉成立だな……」

 その男───灰山 幸四郎はようやく笑った。

 空から降る雪は衰えることなく、静かに、しかし確実に積もりつつあった。


 ───あの日から俺は組織の一員となって“神杯”を探すことになった。マリィの命には換えられない………不思議とそう思えるようになった。


§


「さて……そろそろ行くかな」

 日が沈み始めた頃、クヲンは枝に立ち、白き翼を広げた。
 そして飛び立ち、夕闇へとその姿を溶かしていく。

 白き翼のみを栄えさながら………。