そこに立っていたのは黒いスーツ姿なのは先程と同じだが、サングラスはしておらず無精髭がやけに印象的な男だった。

 手にはマリィを撃った拳銃が握られており、銃口から立ち上る硝煙が撃ったばかりの状態を物語っていた。

 そこから覗く眼光は、今のクヲンにひけをとらないほどに鋭い。

「………なんでだよ?」

 怒りを抑えきれないクヲンが切り出す。

「俺たちの情報網を甘く見てもらっちゃ困る。この辺ならすぐに───」

「そうじゃねぇ! なんで撃ったかって訊いてんだよ!」

 男の返答を遮ってクヲンが怒鳴りだす。クヲンにとっては、今、目の前にいる男が何者なのか一切興味はないのだ。

 ふぅ、と男は呆れた溜息を吐いた。

「そいつは悪魔だ」

「だからどうした!」

 クヲンの目に浮かぶのは、人間が勝手に生み出したおぞましいイメージとはかけ離れた少女の笑顔。

「不幸を撒き散らす災厄だ」

「だからってこんな事していいのかよ!?」

 確かに不幸を撒き散らしていたが、人間と同じように笑えて、涙を流すこともできた。

(それに、アイツは変わろうとしていた!)

 今朝の朝食時に見たマリィの笑顔が、また目の前で幻として再生される。

 体の芯が熱くなったクヲンはその衝動を抑えきれず、拳銃相手の男に向かって駆け出だす───が、それは、当然のように男が拳銃の銃口をクヲンに向けて発砲したことで止められた。

「何も知らない中坊は黙ってろ」

 冷徹な口調で男は、クヲンの主張を吐き捨てる。
 発砲した弾丸は頬を掠めただけで、クヲンに致命傷はない。
 だが、目付きはさらに鋭さを増していった。

「嫌だね」

 さらに鳴り響く銃声。
 先程の掠り傷より数ミリ下をさらに掠め、そこからまた一筋の血が流れる。

 それでもクヲンは僅かも目を瞑ることなく、男を睨み続けた。

「度胸はあるな」

 男の口角が僅かに釣り上がったが、すぐに真顔に戻って続ける。

「ボスからの命令でな。不幸を撒き散らしたそいつに制裁を加えろってな」

 “ボス”

 ある程度は予想はしていたとはいえ、その単語が出てきたことで男が所属しているのがどこかの組織であること、そしてその危険度が伺えた。