こんな状況にも関わらず、おっとりとした口調でボケを繰り出すマリィに対してのクヲンの突っ込みは、かつてない程に冷めていた。

 程なくしてクヲンは、走りながらマリィをお姫様抱っこの状態に抱え直すと、白き翼を羽ばたかせ一気に空高く舞い上がる。

 当たるはずもない空に向かって撃たれる銃声がやけに虚しく響いた。

「いきなり撃ってくるか? フツー……この国も物騒になったもんだぜ」

 ぼやきながら、しばらく飛んで、着地した場所は名も知らぬビルの屋上だった。
 着地と同時に天使から人の姿になったクヲンは、雪がもう足跡がつくくらいに積もっていることに気づく。

「結構・・・積もってきたな。・・・かといってまだ雪だるままだできねーから」

 クヲンは、雪だるまを必死に作ろうとしていたマリィに一応突っ込んでおく。
 そして、咳払いを一つして一気に捲くし立てた。

「つーか、お前、何やったの? 相当恨み買ってるぜありゃ……ありえねぇ、マジ最悪……」

 「あはは……」とマリィは首だけをクヲンに向け、照れ笑いとも、誤魔化し笑いともとれる反応をした後、再び出来もしない雪だるま作りに精を出した。

 「まぁ、今更か」と半ば諦めつつ、クヲンはマリィのその背中を見つめながら乱れた呼吸を整えた。

 ふと思う。
 なんでお前みたいな奴が悪魔なんだろう、と。

 クヲンの頬を撫でる冬の風は寒さを通り越して、痛みさえ感じた。まるで心の痛みが体に表れたようだ。

 整えかかった呼吸が荒くる。

 その呼吸を落ち着かせてくれたのは、やはりマリィのおっとりとした口調だった。
 けど、背中をクヲンに向けたままの会話だ。

「なんか変ですよね。こうして悪魔と天使が一緒にいるなんて」

「……天使と悪魔が敵同士なんてのは人間が勝手に創った偏見だ」

 悴んできた手をズボンのポケットに入れながらクヲンが返す。
 マリィはそこで小さく笑った。

「クヲンさんって、変わってますよね」

「……お前よりか、だいぶマシじゃね?」

「そう……ですかぁ?」

 そこで会話が区切られ、沈黙が流れる。
 しかし、それもマリィの口で破られた。

「一つ……訊いてもいいですか?」

「なんだよ?」