「“受かったら二人で遊びに行こう。
俺なんかじゃ嫌かもしれないけど、俺はそのつもりで試験に望む”
って言ったんだよ、その子にさ」

「………」


ドキドキとしていたはずなのにそれがサーッと消えていく。
なんていうか、当時から良明くんは…軽い。


「…試験前にナンパ?」

「…他に思いつかなかったんだよ。ちょ、そんな目で俺を見るなって。
あーもう、言わなきゃ良かった…あの時の言葉が馬鹿なセリフだってことくらいわかってるよ…」


昔を思う良明くんは恥ずかしそうに遠くを見る。


「…その子は顔を真っ赤にして席に着いた。
俺の顔は、多分見てないから知らないと思う」

「…それからどうなったの?」


気を取り直して良明くんの話に耳を傾ける。
良明くんはチラリと私を見て、それから笑う。


「何も無い。名前も知らないし、入学式でもそれっぽい子は居なかったし」

「え、じゃあ…」


どうして麻実ちゃんだってわかったんだろう?
それが聞きたかったのに、良明くんは黙ってしまった。

でも少しした時、ようやく言葉を繋げる。


「…あいつの泣きそうな顔を見たら気付いたんだ」

「泣きそうな、顔…?」


麻実ちゃんがそんな顔するところを私は知らない。
だけど良明くんはそれを知っていて、そして、麻実ちゃんが眼鏡の女の子だって気付いたんだ。


「…まぁ、あいつはあの時の俺に気付いていないみたいだから言わないけどね」


優しい笑顔。だけどそれは少し寂しそうにも見える。


「…麻実ちゃんに、気付いてもらいたかった?」


ずっと眼鏡の女の子を気にかけてきたんだろう。
その女の子が麻実ちゃんだと知り、安心したのと同時に…気付いてもらえなかった悲しさ、寂しさ。それがあるんだと思う。


「仕方ないよ、俺みたいな奴はいっぱい居るし。
それに…あいつ、きっと過去の自分を知る奴とは話したくないと思うしね」

「…そっか」


なんだか切ない気持ちになる。
良明くんは、もっと切ないのかもしれない。