幼なじみは年の差7歳【完全版】



良明くんはゆっくりと私に近づき、私の手から写真立てを抜き取った。


「ご、ごめんなさい私っ…良明くんのを、勝手にっ…!
ほんっとにごめんなさい!」


…私、最低だ。
良明くんのを勝手に見ようとしてたなんて…嫌われてしまうかもしれない…。

深々と頭を下げる私が聞いたのは、良明くんの笑い声だった。


「いや、別に見ても構わないものだから。
ダメな物だったら見えないとこに隠してるよ」


そう言って差し出す写真には数名の男女が写っていた。


「気の合う集まりと言うか…仲間…かな。
この4人は3年生で、こいつらは同じ2年」

「そう、なんだ…」


私の知らない良明くん。それがそこに居る。


「…私、全然良明くんのこと知らなかったなぁって、今思う」


付き合っていたのに、知らないことがいっぱいある。
それを聞いた良明くんは少し考えた後に言う。


「…俺、自分のことあんまり言わないからね。
聞かれてもはぐらかすし。
結局俺、逃げてるだけなんだ」


少し寂しそうに笑う良明くんは写真立てを静かに伏せ、私を見た。


「自分のことを全部言っちゃうと嫌われそうで怖い。だから言わないんだ。
…あのね、写真に写ってる奴らは俺がどんな人間かなんて興味無い奴らばっかりで、ここに居る俺を“俺”として見てくれる。
だから一緒に居て楽なんだ。俺も奴らをそう見てるし、それ以上を知ろうとも思わない」


一呼吸置いて、良明くんは言葉を続ける。


「…でも、あいつは違う。
最初は同類かと思った。だけど違う。
いちいち俺に突っかかってきて、そのたびに俺の心をぐしゃぐしゃにしていく。
最低最悪な奴。俺の傍から消えてくれっていつも思ってたよ」


…それって、麻実ちゃんのこと…?

そう私が問う前に良明くんは笑い、「麻実だよ」と教えてくれた。


それから良明くんはベッドに座り、隣に来るように促した。
少し迷ったけれどそれに従い隣に座る。


「…あいつと会ったから俺は変わったんだと思う。
なんていうか、変な言い方だけど…人間らしさを取り戻した?って感じかな。
今でも仲間と一緒の方が楽だけど、物足りなさを感じることがある。
それってきっと、あいつの影響だと思う」


そう言った良明くんが私の手を握る。
瞬間、心臓が飛び出しそうなくらいに鼓動を速める。


「…ファミレスでの質問、答えるよ」


私が言った言葉。それに対する答えを良明くんはゆっくりと話し出す。


「“好きになってもらえるよう努力する”って言ったのは事実だけど、本当は、俺があいつから離れたくなかった。
俺、あいつが居なきゃ楽しくないんだよ」


良明くんはふんわりと優しい笑顔を見せた。


「俺がどんな話をしてもあいつはちゃんと聞いてくれる。ま、嫌そうな顔しながらだけど。
それでもやっぱり、聞いてくれてるって思うと嬉しいんだよね。
すっげー突っ込んでくる時は面倒に思うこともあるけど、やっぱり一緒に居て楽しいんだよ」


それって、つまり。
良明くんは、


「麻実ちゃんのことが好き?」


………。


う…つい、言ってしまった…。

頭の中で出したつもりだった言葉が、そのまま良明くんに聞こえてしまった。
慌てる私と、考え込む良明くん。


「…美和ちゃんのことは好きだよ。今は友達として、だけどさ。
でもあいつのことはよくわからない。
一緒に居たいって思うけど…それが“好き”って気持ちになるのかな?
それなら好きなんだろうけど」


…つい言ってしまった言葉に良明くんは真剣に答えてくれた。
だけど、麻実ちゃんに対する気持ちはなんだか曖昧だ。


「ごめん、ほんとにわかんないんだ。
比べるようなことじゃないってわかってるけど…美和ちゃんと一緒に居た時はいつもドキドキしてた。
でもあいつと居てもドキドキはしない。ただ楽しいだけ。
多分好きなんだろうけど、恋愛で言う好きではないのかもしれない」


…友達としては好き。恋愛感情は、無い。
良明くんはそう言っている。


「…ごめん、とりあえず宿題しよっか」

「あ…うん、そうだね…ごめんね変なこと聞いちゃって」


…その日、それ以上麻実ちゃんの話をすることは無かった。
宿題をしながら話すのは土曜日に行く遊園地のことや、休み明けすぐにあるテストのこと、など。
いつも通りの笑顔を見せる良明くんに私も笑い、宿題を進めていくだけだった。




.


――……。


土曜日。

冬馬兄ちゃんとメールでのやり取り以外はしていない。
今日は久々に会って…そして一緒に出かける。

予定は伝えていたけれど、冬馬兄ちゃんの家はまだカーテンが閉まったままで動きがない。
電車で行くから、駅までは歩いて行こうって話してたんだけど…。


「…まだ寝てるのかな」


冬馬兄ちゃんの家へと向かい、チャイムを鳴らす。
…けど、反応は無い。

ドアに触れた時、鍵が開いていることに気付く。


「…冬馬兄ちゃーん?
そろそろ、出かける時間だよー…?」


薄暗い家の中。ゆっくりと、中へと進む。


「…冬馬兄ちゃん?」


リビングに入ってすぐ、冬馬兄ちゃんを見つける。
ワイシャツのままソファーに横になってる冬馬兄ちゃん。


「冬馬兄ちゃん、そろそろ出かけるよ?」

「ん…」


体を揺するとようやく目を開けた。
ボーっとしたまま私を見つめ、それから小さく言う。


「…今何時?」

「ん、もうすぐ7時半」

「あー…ヤバい、寝過ごした。
シャワー行くから少し待ってて」


髪の毛をグシャグシャっとした後、もう一度私を見た。


「すぐ準備する」


そう笑った冬馬兄ちゃんは、手を振ってリビングを出て行った。


静かな部屋。
遠くではシャワーの音がする。

何度も来ている家なのに、今日はなんだか落ち着かない。

冬馬兄ちゃんがシャワーを浴びているから?
久々に会って緊張しているから?
それとも、やっぱりまだ「過去」が気になるから…?

…よくわからないけれど、なんだかいつも以上にドキドキしている。


――水の音が、止まる。
それから数分して、私服を着た冬馬兄ちゃんが戻ってきた。


「さて、行こうか」

「あ…うん」


いつもの冬馬兄ちゃん。
寝起きの、まだ眠たそうな顔はもう無い。

リビングを抜け、玄関で靴を履いた時…冬馬兄ちゃんが私の手を引いた。


「キスしていい?」

「えっ…あ…」


…答える暇もなく、あっさりと唇を奪われてしまった。


「外じゃ出来ないだろ?」


意地悪そうに笑う冬馬兄ちゃん。
私、多分顔真っ赤…。
上手く返事が出来ないまま、外に出る。

とにかく…麻実ちゃんたちと会うまでには気持ちを落ち着かせなきゃ。

早歩きする私の2歩後ろをぴったり歩く冬馬兄ちゃん。
後ろから冬馬兄ちゃんの視線を感じる…。


「…あ、二人とも来てるよ!」


その視線から抜け出したのは、駅前で待つ麻実ちゃんたちを見つけた時だ。
二人が私たちを見つけて手を振る。


「おはよーさん」


良明くんは今日も眼鏡をかけていて、帽子を深くかぶっている。


「…遊園地、眼鏡で平気?」

「んー?まぁ大丈夫じゃない?」


絶叫マシンに乗ったら眼鏡が飛ばされそう…と私は思ったけれど、良明くんは楽観的に笑うだけだった。
それぞれ切符を買い、電車に乗る。


「隣町っては言うけれど、外れにあるから結構遠いよね」


麻実ちゃんが眠たそうにあくびをした。
だけど、ドアに寄りかかる良明くんはそんな麻実ちゃんを見て笑う。


「でも楽しみじゃん?ねぇ、冬馬さん?」

「え?あーそうだね。
年甲斐もなく今日を楽しみにしてたよ」

「いやいや年甲斐って。冬馬さん、なんかオヤジクサい」


…冬馬兄ちゃんと話す良明くんは本当に楽しそうで、それにつられて私たちも笑顔になる。
年の差はあるけれど、冬馬兄ちゃんも楽しそうな顔でそこに居る。


しばらく電車に揺られ、ようやく降りる駅に着いた。
遊園地まで徒歩数分の場所にある駅はやっぱり混雑している。


「…こりゃあ、待ち時間長くなりそうだね」


…冬馬兄ちゃんの言葉通り、遊園地内はどこも混雑していて、開園してまだ30分も経っていないのに既にあちこちで列が出来ていた。


「さて、とりあえずどうする?
って…二人どこ行った?」

「え、あれ?さっきまでここに…」


チケットを出す時は一緒に居た麻実ちゃんと良明くん。
私の後ろに居たはずの二人が、居ない。


キョロキョロと辺りを見回すけれど…知らない人たちが次から次へとやってくるだけで、二人の姿は無かった。


「…どうしよう?電話してみる?」


二人が居なくなった。それに気付いた瞬間、不安が体を襲う。
…久々に来た遊園地は、私の記憶の中とはだいぶ違う。だから余計、不安が募る。


「…ねぇ美和、俺と二人は嫌?」

「え?嫌じゃない、けれど…」


答えを聞いた冬馬兄ちゃんがふっと笑い、私の手を引いて歩き出す。


「じゃあ俺たちだけで行こう。
気を利かせてくれたんだと思うよ、きっと」


…そうなのかな?
でも、急に居なくなっちゃうなんてちょっとショック。
それならそうと言ってくれたらいいのになぁ…。


「後でメールすれば大丈夫だよ」


…冬馬兄ちゃんが笑うから私も笑う。
不安はまだ消えないけれど、今はただ、冬馬兄ちゃんと一緒に歩くことにした。


――……。


――……。


人気のあるアトラクションはやっぱり待ち時間が長い。
それでも、冬馬兄ちゃんと手を繋いで話をする時間、それが楽しい。

カップルや家族連れ、周りの人たちも楽しそうに笑ってる。
遊園地は、みんなが幸せそうな顔をする場所。


久しぶりに会って話した冬馬兄ちゃんは前と変わらない。
私を心配そうに見る目や、優しい笑顔。
全部、私が好きな顔。

過去のことなんて、気にしなくてもいいことなんだ。
今までだってずっと冬馬兄ちゃんのことが大好きだった。
今も私は、冬馬兄ちゃんが好き。


「…やっぱり好き」


呟いた言葉は人混みの中に消えていき、冬馬兄ちゃんは私を見て首を傾げた。


「ううん、なんでもない。なんでもないの」


過去は過去。今は今。
今、お互いのことが好きならそれでいい。

少し強く手を握り、冬馬兄ちゃんを見て微笑んだ。


その後、色々な乗り物に乗り二人で笑い合う。
心の底からの笑顔。小さい頃に戻ったかのように冬馬兄ちゃんも隣で笑ってる。

…午後2時。遅めの昼食を食べていた時に良明くんからメールが入った。


【 そっちはどう?
こっちはちょっとトラブル発生したけど大丈夫。心配しないで。
でも、一緒に帰れないかも。冬馬さんと楽しんでね。 】


…トラブル?
一緒に帰れないって…何があったんだろう?
冬馬兄ちゃんにそのメールを見せたけど、何があったかはやっぱりわからなかった。


「…まぁ、大丈夫って言ってるし、それを信じようか」

「うん…」


麻実ちゃんと何かあったのかな…?
メールを送ったけれど麻実ちゃんからの返事は無いし、良明くんからもそれ以上のメールは無い。

今はただ、「大丈夫」と言ったメールを信じるしかない。
携帯の画面を見つめ、それから静かに閉じた。