至極丁寧な口調で女は言った。
 そのときの俺はきっとここ数年で一番の間抜け面をしていたと思う。
 セミを助けた人間はいても、自分はセミだなどと見知らぬ女に言われた奴は世界中で俺だけじゃないだろうか。
 いつもと変わらない退屈な休日を過ごすはずだった俺は、どこでなにを間違ってしまったのか。部屋に女が不法侵入してきただけでも一大事なのに、その女は少々頭が沸いていると見える。
 なんせセミだ。立派な手足を生やしておいてよく言う。
 くらくらする頭を手で支えながら、ひとまず後ろを振り向いてプレイヤーの停止ボタンを押した。画面に広がる肌色のモザイクが消え、間抜けな鳴き声が止んだ部屋は途端に静かになった。
 目の前に正座する女はにこやかだ。悪意らしきものが感じられない分タチが悪い。
 なにから口に出せばいいのか分からず俺はうなだれた。なんせ相手は自称・セミの不法侵入女だ。いまは上機嫌な様子だが、いつどんなことで逆鱗に触れてしまうかと思うと恐ろしい。もう一度言うが、相手は自称・セミの変質者だ。
 深く長く息を吐き出してから俺は口を開いた。