部屋へ入るとスパイスのきいたような、独特の甘い匂いがした。
ベッドの隣の小さな机の上に置かれたエキゾチックな象の置物。
鼻からは香の煙が出るようになっている。おしゃれなのか悪趣味なのか良く分からない。匂いの正体はこれだ。
窒息死でもしているかのようにうつ伏せになって寝ている幼馴染みの体を揺さぶった。
「おーい、起きろ。あさひ」
「あー……? ココ、きもちわるい……」
旭は寝返りを打って仰向けになった。薄く開けた目で俺の顔を見て一言、気持ち悪い。
朝っぱらから痛恨の精神的打撃。パパ、ママ、ココ、としかしゃべれない小さな頃から可愛がり、小学校にあがった時から毎朝起こしてやっている恩人に向かってそれはあんまりだ。
ココとは、上手くしゃべれない幼児の旭が、俺の名前の小太郎の「こ」を繰り返して呼んだのが始まりで今にしてみればあだ名のようなものだ。
「お、俺の何が気持ち悪い? なおすから、なおすから言ってごらん。頑張って泣ないで最後まで聞くから!」
すでに鼻の奥がツンと痛んで涙が滲んできているが、勇気を振り絞って聞いた。
思春期の娘が脂性の父親を見るような冷ややかな目で生理的に受け付けないなんて言われたら、瞬時に窓を突き破って飛びだってやろうと思った。
「んー……ココったら「俺は鵜になる!」とか言って池に飛込んで金魚丸呑みしちゃうんだもん。藻だらけで上がってきて、今、胃の中でビチビチしてるって嬉々として語って、今度は吐き出すからちょっと背中さすってって。気持悪い……」
旭は起き上がってさめざめ泣き出した。泣きたいのは俺の方だ。
「ちょ、あさひ? それは夢だ。てゆうかなんて失礼な夢見てるんだお前は。朝っぱらから傷付いたよ。そんなことより早く学校の支度しなさい」
気をとりなおし、旭の長い前髪をかきあげてポケットから取り出した自前の髪留めで留めてやった。
今日のは何も考えていなさそうな間抜けた顔が旭に似てると思って先日買った、アヒルの髪留め。
旭の髪は肩まである。別にこの長さにこだわりがあるわけではなく、中途半端な長さだと結べなくてラーメン食べる時邪魔だし、切りに行くのが嫌だからと言っていた。
刃物を持った他人に背後に立たれ、頭や首といった急所を委ねなければならないのが恐ろしいらしい。