ベーシストは愛する歌姫を追ってこの世を去ったが、ならば彼の愛車はどこに消えたのだろうか?
“ボルドーの悪魔”
どこかで彼に流し目で睨まれた気がして思考を止めた
なんだこの冷や汗は…
波の音が聴こえる
「うわーっ綺麗!すごーい!」
「6月でもうこんなに暑いんだねぇ」
きゃぁきゃぁ言いながら敦子と山岡が砂浜へ降りていく
白砂海岸
蔵持と吉沢さんの思い出の場所
らしい
俺が直接その瞬間を見たわけではないからな
ただ、ここはすごく綺麗だと思う
二人がはしゃぐ姿を見ながら、堀口と潤は砂浜に腰を下ろした
潤はもう一度キスクラを流した
最大音量にして鼻歌でメロディを追う
「もう涙は流さないで
君は愛されているから」
いつになったら諦めがつくんだろうか
まだ俺は望んでいる
あの美しい歌姫がまだ生きていて真っ白でいられた頃に出会いたかった
俺のこの腕で抱き締めたかった
全てはIFの世界だから
このことは誰にも話していない
ただ、毎年、この時期になると思い出す
彼女のことを
ある夏の数週間、俺は彼女と対峙した
あの頃、彼女は死神でしかなかった
しかしそのまた数週間前には彼女は真っ白で美しくただ綺麗なままの歌姫だった
この海岸にいると少し切なくなる
もう少し、生きさせてあげたかった