「あ、ありがとう…」
俺の手の中にあったメガネは、パッと彼女に持っていかれる。
そして俺はまた、目をひん剥くことになる。
メガネをかけた彼女は…彼女は…彼女は……
お…お…お……
「どうもありがとう、瀬野君」
ぺこっとお辞儀をしたオタクちゃんは、パッチリまつげも大きい目も、分厚いメガネの下に隠して俺の横を通り過ぎた。
びっくりした。
すごくびっくりした。
それはもう衝撃的だった。
だからこの後固まってしまった俺が、部活に遅れたってしょうがなかったと思う。
あんなん詐欺だろがーっ!
先日の、足のつま先から頭のてっぺんまでなにかが走り抜けた衝撃の一日からはや数日…。
俺は毎日、複雑な気持ちで右斜め前の席に座るオタクちゃんを見ている。
………。
詐欺だろ。
嘘だろ。
夢なんじゃないのか。
ぺらぺらっと彼女の読んでるマンガは、今日もまたワンピース。
飽きもせず読み返してるのかぁ、なんて思いながら俺はため息をついた。
「ため息ついてるょ、リョウ君。 部活のことぉ?」
あははは、眉間にシワ寄ってるぅ。
なんて言って、伸びてきた吉山の指を、俺はよける。
「あー、まあそんなとこー」
いい加減うっとうしいなってことを分からせたくて、俺はあさっての方向を向いて不機嫌な顔で頬杖をつく。
「やだぁ、リョウ君イライラしてるっぽい? そーゆーときはさあ…」
まだ突っ込んでくるか、この状況で。
っつーか、自分が煙たがれてるなんて、これっぽっちも思わないのか?
KYって、こーゆー奴のこと言うんだろーなぁ。
「マンガでも読んだらいーょ! ねっ? ねーねー、オータちゃんマンガ、リョウ君に貸してあげてよぉ」
「えっ?」
えって、突然振られた声に驚いたのは、俺も一緒だった。
「え、じゃなくてぇ。 なんかね、リョウ君元気ないからさぁ、マンガ貸してあげてょ、それそれ。 ワンピース!」
「あ、うん。 どうぞ」
吉山の手を渡ってきたワンピースは、さっきまでオタクちゃんが持っていたマンガで。
オタクちゃんオタクちゃんって読んでたけど、本名は太田久実っていうんだもんなあ。
オータちゃんね…ふぅん……。
………。
て、いうか。
「え? ナニ、吉山友達なの?」
「中学一緒なんだょぉ? あんまり話さないけどー」
マジかよ。