幼なじみは俺様王子。





「し、しばらくってどれくらい!?」


パニック状態をおこすあたしに対して、お母さんは脳天気な声で言った。


「う~ん。穂香の卒業式くらいまでには戻るかな?」


そ、卒業式って……

今、あたしは高2。


あと1年もあるじゃん!?


「そ、そんな…っ……」


“早く戻ってきてよ”そう言いたかったけど、言えなかった。



お母さん達が戻ってきてたら、楓との関係が終わっちゃうと思ったから。



「ああ~ら、いいじゃないの。
アナタには愛しの楓チャンがいるでしょう?」


愛しのって……。


そういう問題じゃないんですけど。


「な、何言って…」


「とにかく、お母さん忙しいから切るわよ。シーユー!」


お母さんはあたしの言葉を遮って一方的に電話を切った。


受話器から聞こえてくるのは虚しい機会音のみ。


し、シーユーって……









……ていうか。


どうしてマイホームなんて買うのよぉおおおお!


てか、そのくじ運のよさは一体なに!?


戸惑いもあるけどきっとあたしは嬉しさの方が大きいと思う。


だって楓と2年間もいられるんだもん。


嬉しすぎて思わず笑みがこぼれる。


すると後ろから整った顔に覗き込まれた。


「なにひとりでニヤニヤしてんだ?」


「……じょばっ!」


か、かか、楓っ!


もお、いきなり現れないでよぉ。


心臓に悪いって……。


「ぷっ。お前なんつー声出してんだよ」


あたしの反応がよっぽど面白かったのか、楓は腹を抱えて笑っている。


「……だってねっ!」


聞いてと言わんばかりにあたしは楓の両腕を掴んだ。



「ん?どうした?」


「お、お母さんがマイホーム! で、ハワイは宝くじ」


興奮のあまり、意味深な発言をしたあたし。


「……お母さんがマイホームって、どんなんだよそれ」


楓は呆れ顔であたしを見ている。


「順を追って話せ」


それからあたしは楓にきちんと説明した。
















「……なるほどな」


すると楓はあたしを見るなり、意地悪な笑みを浮かべた。


「で。お前は何でそんなに嬉しそうなんだ?」


「えっ……」


まさか、言えないよね。


「言ってみ?」


「か、楓と一緒、にいられる……から」


楓があたしの頬に優しく触りながら聞くもんだから、あたしは気づいたら口を開いていた。


それはもう無意識に。


すると楓はあたしをふわりと抱き寄せた。


瞬間、楓の甘い香りが、あたしの鼻をくすぐる。


「でも、俺にとっても好都合だな」


「……えっ?」


その理由はすでに理解出来ていた。


でも、楓の口から聞きたかったんだ。


「穂香と2年も一緒にいられるんだから」


そしてあたしに甘いキスをくれた。


この夏休み、

あたしと楓に待ち受けているものは

……これからのお楽しみ。









リビングで雑誌を見ているあたしに対して、楓はというと……


「……な、なんで裁縫!?」


そう、あたしの破れたハンカチを丁寧に訂正している。


あたしでも苦手な裁縫。


っていうか、裁縫なんて全く出来ないよぉ。


これってもしかして今流行りの乙女的男女ってヤツ?


「お前、破れたまま使ってんだから仕方ないだろ」


バカか、と呟きながらもまた針を布に通していく。


「そ、そんないいよっ!」


あたしが楓の手を止めると、楓は案の定……


「お前は黙って見てりゃいいんだよ」


と、言いました。


はぁああああああ。


あたしってとことんさえないヤツ……。


普通、女の子なら裁縫くらい出来なくっちゃね。


だけど、家庭科の成績なんて、いつもアヒルさん。


それ以上でも、それ以下でもない。


それに比べて楓は……

「俺は、オール5だけど?」


……うん。

楓ならあり得るよね、それ。









自分の才能の無さに呆れつつも楓の姿を見つめた。


学校のみんなは知らない楓の姿。


それは、あたしだけが知っている姿で。


あたし、こんな学校の王子様とあんなことしていいのかな……。


あたしはふと、旅行の夜を思い出していた。


“お前が欲しい”


そう言ってくれた楓……。


嬉しかったけど、素直に喜ぶことが出来なかった。


楓に似合う女の子は、スタイルが良くて美人な女の子だって分かってたから。


その気持ちは今も同じ。


王子様に似合うのはきっと、お姫様。


そう思うと胸が苦しくなった。



ブーブーブー


すると突然、テーブルの上にあった携帯が震えた。


ディスプレーには、

【着信 あーちゃん】


と、表示されている。


……あーちゃん?


どうしたんだろう……。


不思議に思いつつも、あたしは電話に出た。


「もしもし?」


『もしもし、穂香?』


電話越しのあーちゃんの声は何かいつもと違くて。


「あーちゃん、どうしたの?」


あたしが聞くと、あーちゃんは、いつもじゃ絶対に言わないような言葉を口にした。









『話したいことがあるの。今から会えない?』


あーちゃんが電話してくることなんて滅多ないことで。


それにあーちゃんが話したいことって……。


あーちゃんは、付き合ってる人も好きな人さえいないっていっつも言っていた。


だから相談を聞いてもらうのはいつもあたしで……。



そんなあーちゃんが話したいことって一体なんだろう?


「大丈夫だよ。どこに行けばいい?」


もちろん、断る理由はなかった。


あーちゃんの一大事だもん。


話、聞いてあげなきゃね。


すると、あーちゃんは安堵した声で


『じゃ、いつものカフェで待ってるね』


そう言って電話を切った。


あーちゃん……


「楓、ちょっと出かけてくるね」


あたしの態度を見て察したのか、楓は


「気をつけてな」

と、一言だけ言った。










あたしはルームウェアを脱ぎ、お気に入りのワンピースを身にまとって


煌々と照る夏の外に


カラダを放った。


家から約10分歩いたところにそのカフェはある。


あたしとあーちゃんのお気に入りのお店だ。


あたしはそのカフェに入ってオレンジラテを注文した。


「穂香っ!」


ジュースを持ちながら席を探していたら、窓際の席に座るあーちゃんがあたしに声をかけた。


「あーちゃんっ!」


あたしはあーちゃんの向かい側に腰掛ける。


「突然呼び出したりなんかして、ごめんね?」


「そんなの大丈夫だよ。何かあったの?」


すると、あーちゃんは申し訳なさそうに瞼を伏せて


「ずっと穂香に話さなきゃなって思ってたことなんだ」


淡々と話し始めた。


「あたしね、好きな人がいるの」


「……えぇえええっ!?」


思わず叫んでしまったあたし。


だ、だってあーちゃんが恋なんてっ。


地球が180度回転してもありえないって思ってたから。


「あ、ああ相手は?」


あたしが一番気になったこと。


相手は一体誰なんだろう……?


全く検討がつかない。








するとあーちゃんは林檎みたいに真っ赤な顔でボソボソと呟いた。


「……せ、瀬川湊斗」


Σ(゜□゜)!


今、あたしはきっとこんな顔をしてるだろう……


瀬川湊斗(せがわ みなと)と言えば、楓に続く学校の王子様。

というか、学校一のチャラ男。

見る度、違う女の子に肩をまわして歩いている

顔はもちろん、整いすぎている。

クールで無口だけど、サラサラとした金色の髪が魅力的。



そ、そんなヤツにあーちゃんが……恋?


ありえない。

絶対に、ありえない。


「せ、瀬川クン!?」


聞き間違えかと思って、もう一度聞いてみたけどやっぱり答えは……


「………う、うん」


………でした。



「き、きっかけは!?」


あーちゃんと瀬川クンが話しているところなんて見たことないし……。


あーちゃんに恋なんて無縁だって思ってたから。


だからどうしても、そのきっかけが知りたかった。


「実はね………」


あーちゃんは恥ずかしそうに顔を下に向けながらも話し始めた。









「……きっかけは、あの日だったの」


――――――……………



あたしは授業のプリントを貰いに先生のいる職員室へ来た。


クラス全員分のプリントを持って教室へ向かう途中……


「み、なと……だめっ」


女の人のなんともエロチックな声が保健室から聞こえてきた。


本当はイケないって分かっていたけれど、あたしは興味本位で扉を開けてしまった。

するとそこには、カーテンも閉めずに堂々とキスしている男女2名。


こちら側に顔を向けているのは美人と有名は3年生の先輩。


そして、男は……



「先輩、声出したらバレますよ?」


同じクラスの瀬川湊斗だった。


後ろ姿だけでわかる、派手な金色の髪。


あたしの存在に気づかず激しいキスを続けるふたり。

あたしはその姿を呆然と見つめていた。



――これが出会いの始まり。


――バサバサッ


なぜかあたしは手をすべらせて40枚近くあるプリントを全て床に落としてしまった。


や、やっちゃった……。


気づかれるのはもちろん当然のことで。


ふたりの視線が一気にあたしに注がれる。


あたしの頭は真っ白だった。