幼なじみは俺様王子。





……よし!

女に二言はないっ!


意を決して、あたしはワンピースを手に取りレジへと向かった。



――チャリンッ


「ありがとうございました!」


つ、ついに買っちゃった……。


あたしの手には、ピンク色で彩られた可愛いらしいショップ袋。


そしてその中には例のワンピースが入っている。


いやっほぉおいっ!

むふふ……嬉しすぎてニヤけが止まらないよ。


ルンルン気分でスキップしながらあたしはお店をあとにした。













――ガチャ


「ただいまぁ」


あたしが玄関を開けると既に楓クンは帰ってきていた。


リビングに行くと、ソファーに座りテレビを見ながらくつろいでいる楓クンの姿。


「穂香、おかえり」


楓クンはニッコリとあたしに微笑んだ。

「今日、何で早退したんだよ?」


ギクッ……


楓クン知ってたんだ……。


そ、そうだよね。


同じクラスだもん、分かっちゃうよね。


「あ、それがね~……」


「言っとくけど、俺に嘘は通用しないからな?」


な、なんで嘘つこうとしてるのわかったのよ……


ホント、エスパー相沢。








「よ、洋服を買いにね」


「洋服って、もしかして旅行の?」


「そ、そうなの!」


あたしが何度も首を振って頷くと、それと同時に楓クンはニヤリと笑った。


「……もしかして俺のため?」


「ふえっ!?」


本当は、楓クンのためだけどそんなこと絶対言えない。


「ちっ、違……」


「違うんだ?」


ふーんと、興味なさそうに呟いてまたテレビに目を向ける。


ヤ、ヤバい……。

楓クン、怒ってる。


「か、楓クン?」


「なんだよ」


楓クンは不機嫌そうに振り向いた。


「な、なんで怒ってるの……?」


思い切って聞いてみよう。


すると、楓クンは意地悪に笑ってあたしに顔を近ずけた。


「なんで怒ってるかって?」


「う、うん……」


「それは、言えねぇ」


「へぇっ!?」


な、なにそれ。

そんなの、アリ?


「……らしくねぇし」


「は、はい?」


“らしくない”ってどうゆう意味?



……でもほのかに顔が赤くなっていたのは気のせい?









それから楓クンの機嫌はすっかり直り、ご飯を食べてお風呂に入って、今はベッドの中。


楓クンはまだ荷造りが終わってないみたいで、1階で物音が聞こえる。


楓クンと旅行……。


楽しみだなぁ。


で、でも同じ部屋で二人っきりなんて危険すぎる。


襲われたりなんてしたら……。


とは言っても、“準備しとけ”って言われたし……。


ということは、やっぱりエッチするのかな……?


っていうか、その前に楓クンとあたしって付き合ってないよね。


それなのに何で……

“好き”と言われたわけでもないのに、心のどこかで期待しているあたしがいて。



カラダだけの関係なんて絶対にヤダ。


エッチって愛があるからするもの……だよね?


もう、ワケが分からなくなってきた。

とにかく、このことは忘れよう。


考えていたって仕方ないもんね。


あたしはウキウキした気持ちと、まだ名前のつけられない気持ちを抑えながら、静かに目を閉じた。









――旅行当日。


「……ヤ、ヤバい!楓クンに怒られるっ!」


30分も寝坊してしまったあたしは、勢いよくベッドから飛び起きてパジャマを床に脱ぎ捨てた。



「おはよぉ……」


リビングに行くと、楓クンはすでに起きていた。


「遅かったな?」


楓クンも眠いのか目が少しトロンとしている気がする。


そりゃそうだよね。


あたしが寝たのは、日付が変わる頃。


起きたのが、6時。

6時間しか寝てないのだから眠いのも当たり前。


それに楓クンはもっと寝てないだろうし。


「ご、ごめんね。準備に時間かかっちゃって……」


あれから、昨日買ったワンピースに着替えて、髪を少し巻いた。


「……………」


楓クンはあたしを見つめ黙ったまま。


や、やっぱり怒ってるのかな……。


「……か、楓クン?」


あたしが声をかけると楓クンはハッとして、動揺した素振りを見せた。


「な、何でもない。じゃ、行くか」


不思議に思いながらも、「うん!」と大きく頷いて、あたし達は家を出た。









「うわぁ……キレイ」


電車とバスを乗り継いで約3時間。


ようやく着いた旅館『彩』は物凄く豪華だった。


立派な門構えを通ると、巨大な松の木とししおどしがあたし達を迎え、

純和風って雰囲気の漂う何ともいい旅館だった。


「見た目は、まあまあだな」


その見た目に楓クンも満足してくれたみたい。



フロントに着くと、受付で楓クンが手続きをしてくれた。


横からこっそり覗くと、そこにはキレイな字で書いてある『相沢』という文字。


楓クンって字キレイだな……。


あたしが書かなくてよかったぁ。



あたしが書いたらまた、汚い字だなとか言って笑われそうだし。


受付を終えたあたし達のもとに、赤色の椿の花が描かれた着物を着た一人の女の人が現れた。


「穂香ちゃん、久しぶりねぇ~。」


もしかして……


「……鈴さんっ!」


そう、鈴さんっていうのは楓クンのお母さん。


この旅館の女将さん。


「また一段と可愛いくなってぇ~」


手を口にあてて上品に笑う鈴さんは年を感じさせないほどキレイな人だ。








「いや!全然ですよ!」


むしろ、鈴さんの方がまた一段とキレイになったって……。


「これじゃあ、楓が手放せないのも分かるわぁ~」


「……す、鈴さん!」


今、言ったのはあたしじゃなくて楓クン。

楓クンは小さい頃から、お母さんのことを“鈴さん”って呼んでいた。


意味は分からないけど。


楓クンが手放せなくなるそれってどうゆう意味だろう……。


「気にすんなよ?」


楓クンはそう言ってるけど、かなり動揺しているようだ。


いつもクールフェイスを崩さない楓クンのこんなに動揺してる姿は初めてで。


なんだかちょっぴり嬉しくなった。


「んじゃ、お部屋にご案内しますねぇ」


鈴さんの後に続いてあたし達は部屋へ向かった。



――ガチャッ


部屋を開けた瞬間、畳の匂いがあたしの鼻をかすめた。


田舎のおばあちゃん家にいるような、何だか懐かしい気持ちになる。


「部屋もキレイ……」


畳の部屋にはちゃぶ台とお洒落な座椅子がちょこんと置いてある。


テレビはもちろん液晶で。









畳の部屋の区切りには、竹すだれがかかっていてそこはベッドルーム。


茶色と白で統一してあるインテリアがシックで、よりお洒落に感じられる。


「ベッドもふかふかぁ~」


テンションが上がりすぎて、思わずベッドに飛び跳ねてしまった。


すると、鈴さんはクスッと笑い

「ふふっ。穂香ちゃんは相変わらずなのね」


優しい笑顔で微笑んだ。



あ、あたしってば、何やってるのよぉおおお……。


鈴さんにこんな姿見られるなんて恥ずかしい。

穴があったら入りたい。


「ご、ごめんなさい!
ついっ……」


「全然いいのよぉ。ゆっくりしていってね♪ お食事の時にまた来ますね」


じゃあね、と手を振って鈴さんは部屋を出て行った。


「……たく」


楓クンは呆れ顔で笑った。


「ごめん……」


「ここの風呂、すっげぇいいらしいよ?」


「えっ?」


お風呂かぁ……。


なんだか汗かいたし、入ってこようかな。


「じゃあ、あたし入ってくるね」


お風呂道具を持って部屋を出ようとした時だった。









「待て」


グイッと楓クンに手首を引っ張られた。


「……な、なに?」


あたしが聞くと、楓クンはあたしの耳元に顔を近づけて囁いた。


「お前、可愛すぎ」


「えっ……」


放心状態で、ぼーと立ち尽くすあたし。


頭が真っ白で、どうしていいのか分からなかった。


「……おい、大丈夫か?」


心配そうに顔を覗き込む楓クンに余計体温は急上昇。


「お、おおお、お風呂入ってきますっ!」


あたしは勢いよく部屋を飛び出した。






――チャプンッ


「ふわぁ~。癒されるぅ……」


真っ白のミルク風呂に浸かって「ふぅ」と一息ついた。


それにしても楓クン、どういうつもりなんだろう……。


“お前、可愛すぎ”


楓クンが言ったその言葉が頭の中で何度もリピートされる。


あぁああああっ!


もう考えたくないよぉ……。


あたしは頭までお風呂に浸かった。


楓クンの言葉、

鈴さんの言葉、

あーちゃんの言葉。


色んな思いがグチャグチャに混じったまま、あたしはお風呂を出た。









――お風呂から上がったあたしは、鏡の前でにらめっこしていた。


原因は、コレ。


「浴衣かぁ……」


ここは指定された浴衣があって、旅館内ではそれを着ているらしい。


でも、似合うかなぁ……。


楓クンに“似合わない”なんて言われたらショックだよぉおお……。


……あれ、あたしさっきからどうして楓クンのことばっかり心配しているの?


楓クンはあたしの彼氏でもないんだから、気にする必要なんて……ないのに。



あたし、最近おかしいな。


楓クンといると、なんだか調子が狂う。


「はぁ……」


ため息をついて、あたしは脱衣所を後にした。








――ガチャッ


「た、だいま…」


あたしが声をかけると、それに気づいた楓クンがひょこっと顔を出した。


「ずいぶん、長湯だったな?」


「……えっ?」


あたし、長湯してたかな。


そんなにしてないと思うけど……。


ふと時計を見ると、針はお昼を回っていた。


「……う、嘘っ!?」


あ、あたし2時間も入ってたの!?


自分でも驚きだ。


「お湯ん中で溺れ死んでんのかと思った」


楓クンはニヤリと笑った。


……な、なな、なんて物騒なことをっ!