幼なじみは俺様王子。





あたし、どうしちゃったんだろう……。


「穂香のファーストキス、奪っちゃった」


悪戯に微笑む楓クンの顔を見て、ドキッと胸が音をたてる。


でも、もう怒る気力なんてなくなっていた。


もしかして楓クン…ファーストキスじゃないのかな。


そりゃ、当たり前だよね。


今時、高2にもなってキスくらいしてないのおかしいもんね。


キスも慣れてる感じだったし、楓クンみたいにカッコいい男の子はキスくらい……。


“キスくらい”

自分で言ったのになぜか悲しい気持ちになった。


「………楓クンは、あたしがファーストキスなわけないよね」


気づいたらそんな言葉を発していて、自分でも驚いた。


すると楓クンは一瞬、驚いたような顔をしたけれど、すぐいつもの意地悪な顔に戻って言った。








「決まってんだろ?」


ふふん、と得意気に笑う楓クンを見て胸がチクリと痛んだ。


そうだよね……。

当たり前なんだよね。


聞かなければよかったな。


気づけば、なぜかあたしは涙を流していた。


「……お、おい。どうしたんだよ?」


楓クンはあたしが泣いているのを見て、焦っている。


自分でもどうして泣いているのか分からなかった。


ただ、あたしの知らない楓クンがいることが無性に悲しかった。



――この気持ち、何?


「……初めてだよ」


「えっ?」


ボソッと楓クンが呟いた声は本当に小さいものだった。


「……お前とが初めてだよ」


頭をかきながら、そう言った楓クン。


……嬉しかった。


楓クンが打ち明けてくれたことより、あたしとのキスが初めてだったことが。


なによりも嬉しかったんだ。








「お前に会うまでとっておいたんだよ?」


会えるまでって……


もし一生会えなかったらどうするつもりだったんだろう。


「なんとなく会える予感がしてたから?」


さすがエスパー。


あたしの心を読むだけじゃなくて、予感までも当たってしまうなんて。


すごい、としか言いようがない。


「楓クン……ありがとう」


あたしのためにファーストキス、とっておいてくれて。


「礼言うくらいなら、もう一回キスしろよ?」


「えっ?」


「キス、もう一回」


「む、無理だよぉ…」


あたしからキスなんて恥ずかしくて、とても出来たものじゃない。


「んじゃ……」


今度は何をするのかと思ったら、ニヤリと笑って楓クンはあたしの唇を奪った。


「……いただき」


それは、とっても甘い甘いキスだった。







早いもので、あれから一週間が経った。


まだ初夏だというのに、この蒸した暑さにイライラする。


そして今は、あーちゃんとランチタイム。


「へぇ、旅行ねぇ……」


「そ、そうなの」


「でも王子から誘ってくるなんて、絶対何かありそうね」


探偵みたいにうーん、と腕組みをしながら考えるあーちゃんを見つめた。


そう、時は昨日に遡る。


――――――……………



「……へっ? りょ、旅行?」


「あぁ。実は母親が久しぶりにお前の顔が見たいって言うもんだから」


……そうだ。


楓クンのお母さんは旅館で女将さんやってるんだよね。


あたしも久しぶりに会いたいな……。


「で、でもどうやって行くの? それにお金もかかるし……」

そう、問題はそこだ。


そもそも、あたしも楓クンも車の運転免許を持ってない。


それに、泊まるってことは宿泊費だってかかるわけだし。


それは無理なんじゃ……








「その辺は大丈夫だよ。電車とバス乗り継げば行ける距離だし、金は母親が何とかしてくれると思うし?」


何とかって……

そんなの悪いに決まってる。


「俺らが再会した記念つーことで?」


……き、記念?

そんなの必要ないと思うけど……。


「記念も何もそんなの関係な……」


あたしの言葉を遮って、楓クンは言った。


「ずべこべ言うな。あんまり言ってっと黙らせるぞ?」


その“黙らせる”に大体の予想はついている。


だからあたしはそれ以上言わないことにした。


「それでよし」


そう言うと楓クンは満足そうに微笑んだ。


「んじゃ、7月11日の火曜日に出発な。ちゃんと用意しておけよ?」


すると、楓クンは「あっ」と声を上げて


「……そっちの準備もな?」

と、耳元で囁いた。


そ、それってつまり……


エッチする、ってことだよね。


これは自意識過剰なんかじゃない。


確かに楓クンは、ニヤリと笑った。


それが、合図。








あたしは、そこにはあえて触れないことにした。


考えれば考えるだけ、爆発しそうになる。


……でも知りたい。

楓クンはエッチも初めてなの?


あたしが一番最初なの?


「……楓クンはエッチも初めて?」


あたしの口は思ったことを何でも口にだしてしまうらしい。


そんな自分が時々嫌になる……。


「……はぁ!?」

楓クンは目を見開いて、驚いている。


「えっ、あ…気にしないでっ!」


あぁああああ!


言わなければよかったよぉ……。


混乱しているあたしを見て、楓クンは意地悪に微笑んだ。


「それは……秘密」


あたしの唇に人差し指をあてて、意味ありげに笑った。


楓クンはずるい。

いつもそうやってあたしをドキドキさせる。


重要なことはいっつもはぐらかされちゃうんだ。








口をパクパクさせているあたしを見て楓クンはプッと吹き出した。


「相変わらず、いっぱいいっぱいだな?」


な、なななな……

大体こんなのに慣れてる方がおかしいのよぉおおおお!


でも、楓クンに対するあたしの気持ちって何なんだろう。


幼なじみ?

ルームメート?


それとも……


自分でも分からない。


まだ、この気持ちに名前を付けることは出来ない。


「……あっ」


そんなことを考えていたら、重要なことを思い出した。


7月11日って学校だよね……。


「ねぇ、楓クン」

「なんだよ?」


楓クンは不思議そうに、あたしの顔を覗き込む。


「11日って学校だよね? ……どうするの?」


あたしが聞くと、楓クンは、怪しい微笑みを浮かべて言った。


「決まってんだろ?
ふたりだけの秘密だ」








“ふたりだけの秘密”


秘密って、なんかイケないことをしている気持ちになる。


楓クンとあたしだけが、知っているコト……。


ちょっぴり胸が疼いた。


旅行、楽しみだな。


11日まで、あと2日。

この旅行で楓クンとの距離が縮まるといいな……。


夜、あたしはワクワクして、なかなか眠りにつけなかった。



――――――……………


「……わかったっ!」


あーちゃんは拳を手のひらでポンッと叩いた。


頭の上には豆電球が浮かんでるよね、絶対。


「な、なにが?」


あたしが尋ねるとあーちゃんは待ってましたと言わんばかりに目をキラキラと輝かせながら言った。

「……あっ。でもこれ言っちゃったら駄目かも」


「なんで!?」


「穂香ぁ、自分の目で確かめなきゃ駄目なこともあるのよぉ~」


あーちゃんはニヤニヤと笑いながら、鞄を手にかけた。


「えっ、あーちゃん帰るの!?」


「今日はサボリっ!じゃあーね穂香。あっ、旅行楽しんでね?」


あーちゃんはルンルンとスキップしながら教室から出て行った。








あーちゃんってば、なんであんなにルンルンしてたんだろう……。


不思議に思いつつも、あたしはオレンジジュースにストローをさした。


旅行、ついに明日かぁ。

お菓子持って、お風呂道具持って……


すごく楽しみ。


でも、洋服はどうしよう……。


あっ、そうだ。

今日はあーちゃんも帰っちゃったことだし、あたしもサボって洋服でも買いに行こう!


あたしは鞄を掴んで、教室を飛び出した。










バスを降りて、あたしはショッピングモールへ辿り着いた。


沢山の可愛い服があたしとお財布を誘惑させる。


あっ、これ可愛い!


目にとまったのは、花柄のワンピース。


丈もそんなに長くなく、柔らかいひらひらとした生地だ。


でも、気になるお値段。

あたしは服の首もとについた商品表示を見た。


……うわ、高い。


お値段、1万円。

所持金、1万3800円。


買っても3800円残る。


けど、今月3800円で生活するのはさすがにキツい。


それからあたしは30分くらいの間、ワンピースの飾られたショーウインドーに、カエルのようにはりついて考えていた。