胡蝶は扉の閉まる音を確認すると
記憶に新しい道をあの白い部屋に戻るため歩き始めた

行き急いでいたためか気づいてはいなかったが、
廊下にも他の部屋にも所々に花が飾られていた

私があの部屋からでても苦しくならなかったのは
この花たちのおかげね…などと考えながら歩いていると
迎えに来た時と同じ青年が白い部屋の前に立っていた
「これを」

青年は大切そうに胸元から封筒をとりだすと
胡蝶の前に差し出した

胡蝶は無言でその封筒を青年の手からとると
扉の奥に消えていった


無造作に封を切ると、
中には丁寧にたたまれた便箋が入っていた

便箋を取り出し、開き見る



「読めないわよ…」

便箋を細かい文字が最後の一文までも埋め、
その一番隅には花の絵が描かれていた

お世辞にも上手とは言えないその花の絵に
妙な既視感を覚えて部屋を見渡せば
隅にある花がまるで主張するかのように
太陽の光を受けて輝いていた


間違っているかもしれない…。
またいつものようにからかわれているのかもしれない…。

それでも心は見つけた真実に震えていた

彼はきっと
知っていたのだろう
私の浅はかな考えも
抱いた想いもすべて理解っていたのだろう

すべて奪われたわけではなかった


窓の近く、飾られた花を手にとる
宵の空をうつしとったかのような藍色の花が
優しく微笑っているように見えた



胸に湧き上がる想いは溢れ
しかしそれを返す場所はもうなく
それでも私は胡蝶として生きていくのだろう

風がひんやりと頬にしみる
雨が降ってきたからだろうか
胡蝶は窓の先に手をのばした


藍の花が一片
灰色の海へ消えていく



長い時を経て残されたものは
あなたが置いていった痛み




―pain―   End