私が下を向くと、馬場さんが私の肩をたたいてきた。
「嫌だったら断りなよ〜。時間もったいないし」
「うん……、いや……」
「え?どっち???」
煮え切らない私の答えを聞いて、馬場さんは身をかがめて私の顔をのぞきこんできた。
すると、瀬川くんはピー、ピーとリコーダーで高い音を出し始めた。
「俺の音楽センスは馬場よりすげーぜ?俺、馬場より早く合格すっから、入れてくれない?」
軽く笑いながらそう言った瀬川くんは、音楽の教科書を私の机に置いてきた。
「…うん。いいよ」
その笑顔によどみがなくて、とても爽やかな風が通ったようだった。
もしかしたら、初めてまともに瀬川くんの顔を見たのかもしれない。
いつも挨拶を返していたけど…
だいたい私は下を向いていたような気がしたから。
こんな純粋な笑顔をする人、いたんだ。
だから、気付いたら快諾の返事をしていた。
「よっしゃー!そうと決まれば早速始めようぜ♪」
私の返事を聞いて、瀬川くんはますます嬉しそうな笑顔になった。
「まぁ〜、杉田さんがそう言うなら…、始めよっか」
私と瀬川くんのやり取りを聞いた馬場さんは、大きくため息をつきながら自分の教科書を開き始めた。