「あ、うん。読んだよ」

「それ、俺が書いたんだ。どうだった?」

 返事を聞くと、少し口角を上げて煙草の先に火を点し問い掛けてきた。

「千聖が書いたの?」

「そうだ。俺は関東日報の記者だ」

「あぁあ!そうだったんだ!そうか、千聖、新聞記者だったんだ」

 心の中で頷きながら、未央は少し大げさに驚いて見せた。

「なんだ?俺が新聞記者じゃおかしいのか?」

「別にそんな事無いよ。全然OKだよ。ちょ―― ちょっと意外だったけどね」

 これ以上無いくらい思いっ切り微笑む。

 千聖は大きく吸い込んだ煙を天井に向かって吐いた。

「それで―― どう思う?」

「何を?」

「この回収屋のことだ。彼女が捜している父親の描いた絵って、どんな絵だと思う?」

 それは思い掛けない言葉だった。

『興味ない』

 いつもそんな冷たい物言いで未央を突き放す千聖が、今、ティンクの事を考えている。

「母親が大切にしていた父親の描いた絵だ。両親の形見だと言っていた」

「千聖でも分からないこと、あるんだ」

 ティンクの事でおそらく頭が一杯であろう目の前の相手に、思わず未央は皮肉めいた言葉を口にした。

 途端、千聖がムッとしたのが分かった。

「私は分かるよ。ちゃんと。母親が大切にしていた父親の描いた絵。両親の形見。自分に対する愛情を感じられる絵。それはね、母親と自分の絵だよ。幼い自分を胸に抱いた母親の肖像―― きっとそうだよ」

 千聖は今度は納得したように肯いた。

「そうか……。母親と自分の絵。なるほどね。だから……」

「だから?」

『私はいったい誰に助けてもらえばいいの?誰が私を助けてくれるの?そう思うと恐い。―― でも……やっぱりやめられない。あれを、ママの大切なあの絵を取り戻すまでは絶対にやめるわけにはいかないの。だって……やめたらきっと……一生後悔するから……』

 千聖の頭の中に、あの時聞いた言葉が浮かんで消えた。