「きゃっ!」

「わっ!」

 女性の声に咄嗟に後ろに下がる。

 倒れそうになったキャスター付きの洋服掛けを全員が押さえた。

「すみません!ごめんなさい!」

 声のした方に目をやると、雑用係のユニホームを着た娘が頭を下げていた。

「ありがとうございます。良かった倒れなくて」

「あなたは?」

「私は雑用係のアルバイトです」

 黒髪のオカッパで、眼鏡をかけた若い娘――

 さっきの若い記者の言葉が頭に浮かぶ。

『なんかクソ真面目そうな、ビビッと感じないって言うか、ナンパしたいとも思わないタイプ』

 警官と警備員はその言葉がなかなか的を得ていたので思わず笑い掛けたが、しかしそれでは余りにも大人気無いのでそこはぐっと堪えた。

「パスはありますか?」

「はい」

 差し出したパスを、警官と警備員が黙って確認する。

「斉藤信子さん?」

 名前も平凡だ。

「はい」

 それから洋服掛けに掛かっているドレスやタキシードに目をやった。

「ウェディングドレスは無いな。色の付いた物ばかりだ」

 そう――

 先程、千聖に植え付けられた『ウエディングドレス。イコール白』という先入観を持って―― だ。

「身元もしっかりしているし、問題は無さそうだな」

 三人の会話に、斉藤信子は不思議そうに首を傾げた。

「何かあったんですか?衣装が何か?」

「いや―― これは何処へ?」

 警官は『斉藤信子』は白だと見たのだろう。

 事件の事には少しも触れずに、その名前すらメモしようともしなかった。