向坂さんのお兄さんは、突然両親が死んで独りぼっちになった。

 それであんなに真っ赤な目をしていたのだ。

 自分だったらどうだろう?

 仕事から帰っても、ろくに口を利かない父さんと毎日口煩い母さん。

 そして毎日の喧嘩相手である姉。

 そんな三人が急に居なくなって、一生会えなくなったら?

 この家の中に一人で暮らす事になったら?

 やっぱりあんなふうに泣くのだろうか?

 響はその時、響なりに考えたものだった。

 でもそれ以降千聖と顔を合わせる事もなく、家族が居なくなるなどと言う想像が実際起こるとも思えなかったので、すぐに忘れてしまい――

 そしてやがてマンションから引っ越したのだ。

 その千聖と話しをする?

 響は未央の提案に溜め息をついた。

「ね、響さ、千聖と友だちになってよ」

「あのなぁ―― あっちはもう社会人だろ?立派な大人じゃん。それをなんで俺がおまえに頼まれて友だちにならなきゃなんないんだよ。それって何かおかしくない?」

「そうかなぁ……」

「まるで転校生の親だぜ」

「そうかなぁ………」

 未央は納得いかない顔で、呟きながら玄関の呼び鈴を押した。

 カチッと音がして、少しだけドアが開いた。

「誰?」

「私、未央」

 一旦ドアが閉まり、チェーンを外されてもう一度開く。

「ただいま。遅くなっちゃった」

 千聖は黙ったまま未央の後ろにいた響にチラリと目をやったが、直ぐに部屋の中に戻った。

 スラリとした体型、真っ黒なさらさらの髪と暗い瞳は間違いなく隣の向坂さんのお兄さんだと響は思った。

 同時にあの時の泣き顔を思い出して、胸がチクリと痛んだ。