「違約料、いただくよ」

「神……部っ………」

 裕一が震える手で神部のコートを掴む。

 そしてポケットの中の銃を確かめ、外側から引き金に指を掛けた。

 少し篭ったような破裂音が響く。

 途端に神部はうめき声を上げ、同時にその太股から大量の血が流れ出した。

 おそらく動脈を傷付けたのだろう。

 足下には、あっという間に血溜まりが出来た。

「ふざけた真似を!」

 叫んだ神部が手に力を込める。

 ワイヤーが音を立てて裕一の首に食い込む。

「父さん!」

 裕一に駆け寄ろうとした千聖の声を掻き消すように、また激しい爆発音がして船が大きく揺れた。

「千聖……逃げ……ろ………せめて……おまえは………幸せ……に………………」

 ワイヤーを掴もうとしていた裕一の手が、ダラリと垂れ下がる。

 閉じた目尻から滑り落ちた雫は、冷たい床に落ちて砕け散った。

「父さん!父さぁあああぁん !!」

 崩れ落ちた裕一に目を細め、神部が千聖の方に向き直る。

 ゆっくりと近付く足下には、ポタポタと血が滴った。

「君もその娘と一緒に逝くかね?父と母、そして祖母の後を追って。そうだな……それもいいかもしれない。そうすれば、真相を知る者は誰もいなくなる」

 目の前で立て続けに起きた惨劇。

 そして、いとも簡単に人の命を奪う、死神が降臨したかのような男。

 横たわった父親を見つめたまま、肩で大きく息をしながらその場に凍り付いたように立ち尽くす千聖の腕を掴み、未央が大声を上げる。

「千聖!千聖っ!しっかりしてぇっ !! 千聖おぉっ !!」

「未央……」

 その声にやっとの事で我に返ると、千聖はたった今夢から覚めたようにポツリと呟いた。