「嘘だ……そんなのはでたらめだ!」

「裕一さん、それならこれを御覧になって」

 秋江が懐から取り出した封筒を差し出す。

 裕一はそれを手にすると、便箋を広げた。

「それは、隆利さんが私に宛ててくれた最期の手紙。彼は病院のベッドの上で、それを書いたのよ。よく考えてみてください。それでも残り僅かな命の中で、死に逝く者が嘘をつくとお思いになって?」

 秋江の言葉に、裕一が文字の上を走っていた視線を上げる。

 手は小刻みに震え、大きく見開いた目は瞬きすら忘れて秋江を見つめた。

「では……あの時、養父が言いたかったのは……」

 仏壇に向かう、隆利の後姿が鮮やかに蘇ってくる。

 幸福そうに笑みを浮かべた横顔が、目に浮ぶ。

「千聖さんが血を分けた自分の娘、香里さんの子供だと言う意味だったのよ」

「では―― 私は……私は……私は勘違いで香里と千聖を憎んでいたというのか?つまらない勘違いで、最も大切な者を自らの手に掛けたというのか?」

 にわかには信じられなかった。

 しかし、隆利や秋江がそんな嘘をつく必要性も理由も見当たらず――

 そのまま崩れるようにその場に膝をつくと、裕一は声を上げて笑い出した。

「愚かな……なんと愚かな……クックックックッ……ハッハッハッ……ワァッハッハッ……」

 大声で笑い続ける裕一の肩は、やがて震え始め――

 そしてふと笑いを止めた。

 その目からは、涙が溢れていた。

「千聖……すまなかった……香里……赦してくれ香里。愛していたんだ、心から愛していたんだ……だから!……香里、香里ぃいいいぃ……」

 狭い船室に、裕一の後悔の声だけが響き渡った。