向坂千聖は二十二歳。

 身長175センチ、体重62キロ。

 癖の無いサラリとした黒髪に整った顔立ち。

 今年の春、大学の法学部を卒業して新聞社に入社した――

 つまり、新人記者だ。

 しかし彼にはもう一つの顔があった。

 怪盗コメット。

 どんなに厳重に警備しても、僅かな隙を見付け出して盗む。

 誰も殺さず誰にも怪我をさせず、彗星のように現れ彗星のように消える――

 その手口の鮮やかさに、いつしかそう呼ばれるようになった宝石専門の怪盗。

 それが彼の正体。

 それを知る者は、もちろん彼以外誰もいなかった。

 千聖はかつて両親の部屋だった東側の部屋に入ると、昨夜手に入れた【ゴールデン・ディアー】をズボンの隠しポケットから取り出した。

 カーテンの隙間から差し込む陽射しに翳す。

 途端にトパーズの黄色い光が目の中に広がった。

 角度を変えて眺めて見る。

 立派な角の牡鹿の姿以外には何も見えない。

「別に何の仕掛けもないようだな」

 部屋に敷き詰められた絨毯の一部を捲り、その下の床を剥がすと、そこから平たい箱を取り出して蓋を開ける。

 中にはキラキラと輝く宝石がびっしりだ。

「『七つの石を手に入れれば、死ぬまで幸福に暮らせる』……か。影を持つ七つの石は【トパーズ】【アメジスト】【アクアマリン】【サファイア】【エメラルド】【ダイアモンド】【ルビー】の七つ。―― 先は長いな」

 呟いて石を箱に入れ、それを床下に戻して絨毯を被せる。

 それからリビングへ戻り、ソファーに倒れ込んだ。

「父さんは幸福だったのかな――」

 天井をじっと見つめ、千聖はポツリと呟いた。

 宝石商だった父が、母と共に行方不明になったのは数年前。

 千聖がまだ高校生の頃だった。