「もしもし母さん?俺、響――。なんだ姉貴か。帰らなかったんだ。寝てた?―― ゴメン、連絡遅くなって。あのさ、今日友だちの家に泊まるから」

 暫くして落ち着きを取り戻すと、泊まっていけという千聖に『全てを話してくれるなら』と条件を付けて、響は自宅に電話を掛けた。

「誰って――。友だちだよ。姉貴の知らない奴。ち―― 違うよ!未央の家なわけないだろ !? あいつ一人暮らしなんだぜ!え?―― ちょうどいい……って……俺がそんな事すると思ってんのかよ!だから友だちだって!男だよ!男に決まってるだろ――」

 千聖は黙って近付くと、いきなり響の手から携帯電話を取り上げた。

「えっ――?」

 不思議そうに見た響には何も答えず、口を開く。

「もしもし―― こんばんわ。こんな時間にすみません。俺、向坂千聖です。覚えてますか?―― ええ、そうです。藤塚のマンションでお隣だった……。真澄さん?ええ―― もちろん覚えてますよ。………はい、元気です。大学は今年の春卒業して、今は新聞社勤めです。ええ……それでじつは今日、偶然駅前で響君に会って。―― そうです。彼、今俺の所に居るんです。なんか懐かしくて無理やり連れて来ちゃったんですけど―― 今日はもう遅いし、まだ話したい事あるし……」

 話しながらチラリと響を見る。

 響は片手を腰に当て、もう一方の手で癖のある髪をワシャワシャと掻いていた。

「泊まってもらってもいいでしょうか?―― はい。分かりました。そうします。……ああ、ありがとうございます。じゃあ―― おじさんとおばさんに、よろしくお伝えください。失礼します」

「礼なんか言わないからな」

 電話を切った途端、響が手を突き出す。

 千聖はその手に携帯を乗せ、軽く手を上げただけでキッチンへと向かった。