「ちょっとね。コーヒー飲み過ぎたみたい。それ以上訊くとセクハラになるわよ」

 肩を竦めて笑う。

 それからトイレのあるフロアに続く左のドアの方へ、小走りに駆けて行った。

 その後姿を見送り、千聖もフッと笑う。

「さて……始めるか」

 呟いてポケットに手を入れる。

 そこから電子音のような 小さな音――

 途端に千聖のいる場所のちょうど右手の建物の屋上から、反対側に向かって何かが飛んだ。

 丸い中庭を真半分に切るように、ピンとワイヤーが張られる。

 そして直後にマントのような物を羽織った誰かが、そのワイヤーを滑り始めた。

 月明かりの中を女神に向かって行く。

 千聖が目を細めてそれを見上げた途端、後ろで真紀子の声がした。

「コメット !?」

 ハンカチで手を拭きながら戻ってきた真紀子が、宙を指差し声を上げる。

「千聖、捕まえて!」

「えっ?」

「話しを訊くのよ!逃がさないで!」

「なんで俺が――」

「いいから早く !!」

 チラリと腕時計を見て、千聖はすぐに噴水に向かって走り出した。

 人影が女神像の真上に差し掛かる。

 その時だった。

 突然音を立てて噴水が吹き出したのだ。

 水はいつもより遙かに高く吹き上げて女神像をすっぽりと隠し、ワイヤーの下の人影にまで達した。

 同時に噴水の周囲のライトも点灯する。

 恋人同士でここに居たのなら、気分を盛り上げるのにはきっとこれ以上ないシチュエーションだっただろう。

「な、なに !? 何なの?これ !?」