「誰がそんな――」

 言葉をとめ、千聖はフッと笑った。

「―― 赤峰か」

 思わず左腕を手で押さえる。

 未央はそれをチラリと見て、複雑な笑みを浮かべた。

「私のせいだね。私がドジだったから、あんな事になって千聖に迷惑掛けて」

「別に迷惑だなんて思ってない」

「私に構わなければ、噛まれる事なんて無かったのに……。痛かったでしょ?ゴメンね」

 真っ直ぐに千聖を見ながら告げた未央には目をやらず、千聖は左腕を見ていた。

「俺がああしたかったからやったまでだ」

「でも、私が――」

「何度も言わせるなよ!あんたを放っておけなかった、助けたかった、護りたかった、だからああしたんだ。自分で決めてやった事だ。だからあんたのせいなんかじゃない!」

 少し強い口調になった千聖をしばらく見つめ、未央がまた問い掛ける。

「どうして?どうして私を……」

「どうしてって……ただ―― 何となく……」

『嘘つきね。ハッキリ言いなさいよ』

 真紀子の声が聞こえた気がして、千聖は思わず視線を足元へ落とした。

「あの時は……考えている余裕なんて無かった。噛み殺されるかもしれないとか、俺はあんたに関わっちゃいけないんだとか……そんな事考えていられなかった。ただ、自分の気持ちに正直に……思いついたままにああするしかなかった」

 緩やかに風が吹く。

 金色に姿を変えた銀杏の葉が、二人の周囲に舞い散る。

 数回、微かに動きかけては動きを止めた千聖の唇が、大きく息を吐く。

 それから顔を上げて、思い切ったように口を開いた。

「あんたを好きだから、助けたいと思ったんだ」

「千聖……」

「だから………ああした」

 欅にもたれている未央にゆっくりと歩み寄り、そのまま囲うように顔の横に両手をつく。

 未央は言葉を発する事も忘れて、ただ千聖を見つめていた。