「世間ではそう呼ばれてるみたいだ。勝手に付けられた名前さ。ティンク、あんたと同じようにね」

(この声……何処かで聞いた事がある。意識して少し変えているみたいだけど――)

 考えている様子の未央に、コメットは続ける。

「俺が誰かなんて考えている暇は無いぜ。俺と違って、あんたはもうケルベロスの標的にされているようだから」

「えっ?」

「なんだ?その様子じゃ気付いていなかったみたいだな。ケルベロス……知らないでここへ来たのか?」

(ケルベロス―― そうだ犬の名前だ。頭が三つある地獄にいる番犬)

 ティンクの反応に、コメットは溜め息をついた。

「……なんて奴だ、最悪だな。とにかく一秒でも早くここを出る事だ。死にたく無ければ」

「死にたく……って――」

 驚いた未央とは正反対に、コメットは落ち着き払っていた。

「あんたは事前にここへ忍び込んだだろう?その時匂いをマークされたはずだ。だからこのドアの向こうにはもう奴は待っている。あんたを噛み殺そうと目を輝かせて」

 話しを聞きながらも、チラチラと壁の絵を見ている未央に続ける。

「それから、その絵は壁から外さない方がいい」

「どうして?どうしていけないの?やっと見付けたのに」

 コメットの言葉に、未央は不満を露わにした。

「その絵は赤峰のお気に入りだからだ。以前何かの雑誌のインタビューで絵の事を訊かれ、人魚の絵が尤も気に入っていると答えていた」

「お気に入り?だからなんなの?この絵はあの人の物じゃないわ。私のママの物よ。それを何故取り返しちゃいけないの !? パパの……私のパパの描いた絵なのよ!ずっと捜していた絵なのよ!なのに何故――?」

「全く……しょうのないヤツだな」

 必死で訴えた未央にまた溜息をつき、胸の前で腕を組んだままシルエットの男は何かを示すように少し顎を上げた。