少ししてから芦屋先生は私から体を離すと、何事も無かったかのように立ち上がりポケットから携帯を取り出した。
私はボーッとする頭で先生の様子を眺めていた。
先生は電話で誰かと話をしていた。
短い会話をして最後に
「とにかく今すぐ来てください」
と言ってから電話を切っていた。
「吉澤さん」
電話を終えた芦屋先生がこちらに顔を向ける。
「帰りたいと思ってるだろうけど、これから警察とか来ると思うから。もしかしたら色々話を聞かれることになるかもしれない。それでも大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です」
私はぼんやりしていた頭を奮い起こしてうなずいた。
先生は手を差し伸べてきて、私が手を伸ばすとギュッと握り返してくれた。
そして座り込んだままの私を立ち上がらせてくれた。
足元に落ちていたカバンと、お弁当箱が入ったバッグを拾った時にふと野球ボールが目に入る。
「先生、ボール当てるなんて凄いですね。偶然当たったんですか?」
野球ボールを拾って芦屋先生に渡すと、先生は苦笑いして首をすくめた。
「さぁ。狙ったつもりではいるけど、当たったのは偶然かもしれないな。ボール投げたのも数年ぶりだしね」
「え?先生、もしかして野球部だったとか?」
驚いてすぐに聞き返すと、芦屋先生はやっとここで笑ってくれた。
「そんなに意外?美術部だと思った?」
「はい……。美術の先生だからそうなのかと……」
倒れたままの澪の元彼の頬が赤く腫れ上がっていた。
芦屋先生の投げたボールが彼の頬に直撃したということを意味していた。