神崎家へ向かう車の中。

「私、こんな普段着でいいのかなあ?」

「気にするな。俺もだし。裕子を連れていく事、あいつらには言ってないんだ」

「『あいつら』?」

「おやじとお袋。弟もいるかもしれない」

「弟さんがいるの?」

「ああ、二つ下だ。二人兄弟なんだ。弟は好き放題にしてる。気楽なもんだ。それに比べて俺は…」

「あなたは?」

「おやじの操り人形さ」

「え?」

「おやじの命令に全部従ってきた。いわゆる帝王学を叩き込まれた。でも、そんな生き方が嫌になったんだ。
あの会社に入ったのもおやじからの命令だったが、そこで初めて俺はおやじに抵抗した」

「抵抗?」

「おやじは俺を然るべきポストにつけ、経営を覚えさせようとした。俺はそれを断り、内部監査室配属を申し出た。裏側から経営を勉強したいとごまかして」

「本当の理由は?」

「裕子は『特命〇〇』というテレビドラマを知ってるか?」

「知ってるよ。征一さんみたいだと思った」

「正に、それをやりたかったんだ」

「なぜ?」

「面白そうだから。おやじに歯向かいたかったのもある。だが皮肉な事に、勉強にもなったよ。色々とな」

「………」

「今日は二度目の抵抗をする」

「え?」

「俺にはおやじが勝手に決めた婚約者がいる。どうでもよかった。しろと言われれば、結婚でもなんでもしてやるつもりだった。おまえに会うまでは」

「征一さん…」

「今日は喧嘩になるだろう。おまえには辛い思いをさせると思う。本当はおまえを連れていくべきじゃないと分かってる。でも俺はおまえを見せたいんだ。俺が初めて想いを寄せた、可愛いおまえを」

「征一さん、ありがとう。私もあなたのお父様やお母様に会ってみたい。あなたを産み、育ててくれた人達に会ってみたいの。どんな辛い思いも覚悟してる。あなたが私を好きでいてくれれば、どんな事にも堪えられると思う」