「祐希くん!」
僕を呼ぶ声。振り向くと、ペンギンがいた。もう何になってたって驚かないさ。奏だ。
「こっち!」
僕は立ち上がり、最後にもう一度真鈴を見た。
優しい笑顔と、頬へと零れる涙を僕は自分の記憶に刻んだ。これだけは、何があっても失っちゃいけない。次は普通の女の子に生まれるんだよ?
僕は走り出す。ペンギンが平たい手で僕の手を握る。
「真鈴ちゃん、生まれ変わったのね」
いや、きっとそれは違う。何故なら、僕は二人で入った喫茶店のことを覚えているからだ。ドーナツを出してくれた店主に、真鈴は自分を子供扱いしていると怒っていた。きっと……少しずつ普通の人間としての感情が、芽生えていたのかもしれない。だけど、彼女は僕を罠へと陥れる為に作られた。気持ちと行動が裏腹で、苦しかったに違いない。
ありがとう真鈴。ありがとう。

しばらく走り続けると、自分がいつの間にか地面を蹴っているんじゃなく、空中を蹴っていることに気付いた。でもそれは、僕が能力を出した時のような小さな飛翔ではなく、地面からみるみるうちに離れていく。不思議と、脇腹の痛みもほとんど感じない。
僕は隣にいる、ペンギンの顔を見る。
「だいじょうぶ」
ペンギン……いや、奏は僕を安心させるようにゆっくりと、でもしっかり頷く。
「祐希くん。これからあなたを元の世界へと帰します。でも帰るための鍵は、あなた自身が握っている」
鍵? そんなもの、僕は持っていない。どういうことなんだ?
「祐希くん。……危険な目に遇わせてごめんね。でも、こんなことは想定していなかったの」
「ちょっと待って。話が全然見えないよ」
僕たちは、星の光る空の中で立ち止まり、向かい合った。