『…私らしいって何よ。』
「あっごめん。つい…」
あっけらかんと笑う翔を、見上げるように睨み付ける私。
そして、唇を尖らせてみる。
なんていうか…
私、告白されてたんだよね??
そんな面影、今になると一切見当たらない。
「…で、告白の話に戻すけどさ。」
『……。』
突然、翔がまた真剣に話し出すから。
辺りがまた、静まり返る。
風が吹く音だけが、サーサーと通り過ぎた。
「返事、今すぐじゃなくていいから。」
『……。』
「早口も考える時間とか欲しいと思うし。」
…別に、もう決まってるんだけどな。
そう思ったけど、口を閉じる。
今だけは、便乗してみたかったんだ。
『わかった。』
そう私が微笑むと、翔も微笑み返してくれる。
幸せな、瞬間。
…あ、そうだ。
いいこと思いついた。
『…返事、あの絵を描き終わった日でいい??』
私が、翔を描き終えた日に、付き合いたいと思った。
その日を、2人の記念日にしたかったの。
翔は少し驚いた顔をしたが、
すぐに、あの太陽みたいな笑顔になって…
「もちろん。」
微笑んでくれた。
――今だからこそ、思う。
なんでこの時、すぐに返事をしなかったんだろう。
この時、意地でも返事をしとけばよかった。
そしたら、
何かが変わっていたかもしれないのに――…
あなたと
出逢えたことが
最大の幸せでした.
今度は
あなたが
幸せになる番だよ
――だから
“ さようなら”
『…やった。』
そんなに大袈裟に喜んだりするキャラじゃない私は、
聞こえるか聞こえない程度の声で呟いた。
絵が、完成したのだ。
翔の、絵が。
私の太陽が――…
『…題名決めなくちゃな。』
またまた独り言。
最近、独り言の数が多くなった気がする。
独り言を言う人は危ないって言うし…。
今度から気をつけよう。
「あっ??完成した??」
突然、どーんと背中に衝撃が走る。
誰の仕業がなんとなくわかっていた私は、怪訝な眼差しで後ろを振り返った。
『…もう、何するんですか!先生!』
そう、私の背中を叩いてきたのは顧問こと柏木先生。
柏木先生はわりと単純で、私がちゃんと言葉を返すようにすれば、すぐに仲良くなれた。
まぁ、その仲良くなり方っていうのが、先生と生徒って感じじゃなくて…
友達同士、って感じなんだけどね。
とにかく、昔の関係とは比べものにならないくらい、良くなっているのは確かだった。
「あっ、でも、ここはもうちょっと寒色を加えた方がいいかも!」
柏木先生が私の絵の一部分を差しながら、指摘をする。
それともう1つ。
今まで興味がなかったから知らなかったけど…
柏木先生は美術科の先生らしい。
実は、私たちの美術の時間も柏木先生が担当していた。
本当、今となっては、なんで知らなかったか不思議なくらい。
それぐらい、昔の私は周りに疎かったんだな…。
『…あぁ、そうですね。』
素直に柏木先生に従う。
私は手直しのためにもう一度筆を持ち、キャンパスに青を滑らした。
温かい色の端に、うっすら青がにじむ。
…さすが美術の先生。
やっぱり、指示は的確だ。
キャンパスの暖色のなかに上手く馴染む青をみて、ふと感じてしまった。
「…うん!これでよし!
いい感じだよ!」
そう言いながら、柏木先生が私に微笑む。
その眩しい笑顔は、どこか太陽に似ていた。
翔とは、また違う太陽。
きっと人に幸せをあげられる人って、笑顔が優しい。
内面からにじむ優しさが、笑顔に現れてるんだと思う。
そんなこと、柄にもなく思ってしまった。
『…ありがとうございます。』
にわかに、顧問に微笑みかける。
いつか、満面な笑顔で柏木先生と笑い合えたらいいな…
そんなことを思いながら、私は筆を床に置いた。
――これが高校生活、筆を持った最後の瞬間になるとは知らずに。
「タイトルは決めたの??」
無邪気に笑いかけてくる柏木先生に、私は曖昧な笑顔を返す。
まだ、決まってないんだよね…
てゆうか、さっき決めてた途中だし。