……していない。
 後悔など、していない。
 この腕を振り降ろしていること、後悔などしていない。
 ……ない。
 俺は、悪くない。
 物を握りながら腕を振り降ろしているが俺は悪くない。
 悪いのは全てコイツなんだ。
 後悔などしていない。俺は悪くない。
 ……なのに、何故か眼から涙がこぼれ落ちる。
 ……いる。
 本当は後悔している。
 本当は悪いと思っている。
 だけど、俺は腕を振り続ける。疲れるまで、腕が振れなくなるまで、心の痛みが和らぐまで。

 握っていた物の刃が油や血にまみれ、使い物に成らなくなった時に俺はようやく腕を振り降ろすのを止めた。
 俺は獣のような声で叫んだ。
 外から聞こえる雷や雨の音が、俺の声を遮っている様だった。
 雷の光が、暗い室内を遠慮会釈無く照らす。すると見える、血にまみれた赤い死体。見てられない程に原形は止めて無かった。
 俺は後ずさり、何かに躓き後ろに転んだ。
 俺は、悪くない。俺は、俺は……。
 そう自分に言い聞かせながら、又俺は叫び続けた。
 雨が、雷が、涙が、止むまで。

 
 俺は銃を腰のホルダーにしまい、かわりに腰のホルダーから大型サバイバルナイフ、アウトレットを取り出す。圧巻は三八〇ミリだ。
 そして、そのナイフの刃先を目の前にいる一人の男性に静かに向ける。
 すると男性は、
「まっ、待て! 殺さないでくれ!」
 命乞い。今まで、人を殺してきた人間が。
 俺はその言葉に返答せず、ナイフを持ち変える。刃先を下にする。
「たっ、頼む! こ、殺さ……」
 最後まで喋らせる気は無かった。俺はその場から高く跳躍し、ナイフを深く、深く、男性に突き刺す。
 一瞬のことだった。その為か叫びなど聞こえなかった。
 聞こえてくるのは、血が溢れ出す音だけ。
 俺はナイフを抜くと、再度、胸に向かってナイフを突き刺す。何度でも、何度でも。もう、死んでいるというのに、俺は腕を振り降ろし続けた。
 何分経っただろう。やがて、俺は腕を振り降ろすのを止め、ナイフをそのままホルダーにしまった。
 辺りは一面、緑の草原が広がっている。赤と緑。何とも対照的な色だ。
 俺は死体を放置し、何事も無かったようにその場から去った。
 暫く歩いてからの事だった。音がする。規則的な、音が。通信機の音だ。
 俺はポケットから小型の通信機を取り出し耳に当てた。
「どうだ、始末は済んだか?」
 低く、穏やかな声。少なくとも、人を殺した後に聞くような声では無かった。
「何度もいうが、お前から連絡するのは止めてくれ。今が緊急事態だったらどうする」
「いいだろ、別に。そん時は応答しなければ良いだけだ」
「耳障りなんだよ」
 俺は舌打ちをしながら呟いた。
「まあ、その様子じゃあ、既に依頼は終わったようだな。クライアントも大喜びだろう」
 クライアント……依頼主の事だ。
「で、どうだった? 殺した気分はさ」
 急に話題が変わる。何時もの事だ。
「さあ、な。少なくとも罪悪感など抱いてない」
 当たり前だ。殺し屋が人殺しを躊躇ったら終わりだ。
「そうか。それより、又依頼だ。早く戻ってきてくれ」
 そうか、と俺は頷きながら通信を切った。

 俺たちは山奥の小屋で生活している。
 山奥だからといって、依頼が少ない訳では無かった。
 小屋は木で作られており、一階建てだ。
 小屋のドアを開け、部屋を見回す。小屋の中は小さい。
 中央には小さなテーブルが置いてあり、付近に椅子が四つ並んでいる。それだけで、部屋が埋め尽くされる程だ。
 右側の椅子には協力者である、『ヌリ』が座っていた。
 ヌリがどういう人物なのか、俺は知らない。だが、少なくとも信頼出来る奴だった。
 そして左側の椅子には、依頼主……クライアントらしき人物が座っていた。
 細身だが決して弱くは見えない筋肉を持つ男性だった。
 俺はヌリの横に座り、クライアントと向き合った。
「どうも私、『TR』と申します。無論、偽名ですが」
 そういい、男性は懐から数枚の紙が入ったファイルを取り出し、俺に差し出した。

「これは?」
 ファイルから、紙を取り出してみる。
 そこには、人物の名前やこれまでの経歴が事細かに書かれていた。
「『ワースト』という町は御存知ですね?」
 ワースト。この国で、最も治安が悪いとされている町だ。しかし、ワーストというのは本来の名では無い。治安が悪かった為、突如そう呼ばれる様になったのだ。
「それが、どうかしたのか?」
「実は、その町の実質的支配者である、殺し屋の排除を依頼したいのです」
「これが、その標的の情報か。数が多いな」