【Side:千秋】
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―――
和葉が去ってから、俺は学食で待たせていた彼女の友人・鈴木絵美の元に戻った。
さすがに学食に居づらくなったのか、入り口付近で俺を待っていたようで、俺を見つけて一目散に走ってきた。
「先生!…和葉は」
「…逃げられたよ。泣かれた」
俺は彼女と少し離れたベンチに腰掛け、口火を切った。
「あいつは、なにを抱えてるんだ?」
「…ごめんなさい。それは私からは言えない」
小さな声はすぐに学生の笑い声にかき消され、辺りに漂って消えてゆく。
そりゃそうだ。
和葉だって、この子が口が堅いことを知っているから話してあるんだろう。
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俺は、ふと彼女に尋ねる。
「だったら…なんで鈴木さんはあんなこと言ったの?」
“和葉の彼氏に”。
「……先生なら、和葉を助けてくれるかなって」
彼女はそう呟き、空を見つめる。
「和葉、あんなんじゃいつか壊れちゃう。全部受け止めて包んでもらって、傷が癒えなきゃいつか…」
それ以上は言うことができなくなったのか、口をつぐんで俺に視線を移した。
「そのつもりだよ。あっちに嫌がられなければね」
俺は彼女に向かって力強く答えた。
「和葉、意地っ張りだから…でも、よろしくお願いします」
そう言って、鈴木絵美はベンチから去っていった。
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―――初めて島貫和葉を見たとき。
全身に電流が走ったような気がした。
俯いて、たたずむ姿。
何かから逃げようとする姿。
思わず、近づいた。
キスをした。
傷つけてしまった。
守りたかった。
近づきたかった。
いつの間にか、恋に落ちた。
なにを抱えてる?
なにがお前を苦しめる?
和葉。
和葉。
…好きだよ。
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―――
「―――――ッ!」
私は、声にならない叫び声をあげ起き上がる。
…いつのまにか、寝てたみたいだった。
また、あの夢か。
息を整え、冷蔵庫からお茶を出して一気に流し込む。
冷たい感覚が心地よかった。
―――♪♪♪
そのとき、携帯の着信音が部屋に鳴り響く。
…知らない番号だ。
恐る恐る通話ボタンを押し、耳を当てる。
『…和葉ちゃん?小早川です』
小早川千秋!
何で番号知ってるの?
「えっ!…どうして」
『鈴木さんから聞いたんだ。ちゃんと帰れたか心配だったから』
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…絵美から聞いたんならまぁいいか。
「大丈夫ですよ。今アパートにいますから」
『ならよかった。……』
そう言ったっきり、彼は黙り込んだ。
「どう、したんですか?」
私は思わず尋ねた。
『いや…、声が近いから。もっと聞きたい』
私の顔はにわかに暑く火照った。
「な、なに言って」
『もっと』
「…切りますよ」
『えっ!もうちょいいいじゃん』
―――プッ!
私は思わず吹き出してしまった。
慌てた様子がなんだかおかしくて、その姿まで想像してしまう。
『笑った声、かわいい』
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その一言で私の顔はますます赤くなる。
一瞬で耳の裏まで暑くなった。
『電話してよかった。じゃあ切るよ』
―――あ。
なんだろう。
一旦はこっちから切るって言ってるのに、相手から言われるとなんだか寂しい。
「…はい」
『寂しいならそう言えばいいのに』
私の気持ちを見透かされたようなセリフに、私はつい敏感に反応してしまう。
「べ、別に寂しくなんかありません!」
すると、電話越しにクスっと笑い声が聞こえた。
『また電話するね』
そう言ったのを最後に、電話は途絶えてしまった。
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なんなの、もう!
いきなり電話なんかしてきて、言いたい放題で。
――でも、この電話がなかったら夢の続きを悶々と考えていたかもしれない。
そう思うと、ほんの少しだけ感謝した。
あのあと、耳に焼き付いている低い声が何回もリフレインされる。
『また電話するね』
また、電話来るんだ…
不思議と迷惑とは思わなかった。
でも、…怖い。
今、ほんの少しだけ気を許し始めている自分に気づいてしまった。
怖い。
気を許してはいけない。
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翌日は土曜だったから大学は休みで、私は休みの日はほとんど家にいる。
一人で出かけるのはあまり好きじゃないので、今日も一日家にいるつもりだった。
―――♪♪♪
お昼頃、ベッドの上に置いてある携帯が鳴った。
私は、テレビを見ながら電話に出る。
「はい」
『おはよう、和葉ちゃん』
「え!小早川…先生?」
まさか、昨日の今日でまた電話が来るとは思っていなかった私は油断していた。
『今夜ご飯食べにいかない?』
「…ご飯?」
『そう。今日の7時に迎えにいくからね』
「えっ!ちょ、ちょっ…」
―――プーップーップー…
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切れた。
ご飯…って、えぇ?
私はすぐに絵美に電話をした。
『それってデートじゃん!やったぁ、和葉』
「やったぁって…困るよ、こんなんされても」
私はため息を吐きながら絵美に言った。
『…私さぁ、小早川先生なら和葉を変えてくれると思うんだ』
ぽつりと、絵美が呟いた。
――絵美?
「なに言っちゃって…」
『先生なら、和葉を守るよ。なにがあっても、最後まで』
いつもの調子でなく、どこか真剣な声色の絵美に私は焦っていた。
「え、絵美―――」
そのあと、すぐに電話が終わり私は困惑していた。
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